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兄が現れたことで、せっかくのデートの最後がとてもつまらないことになってしまったのは残念だったが、何か言ってくるのは分かっていたことだったから、早く方が付くのはいいことだ、とラフィーネは開き直って、次の休暇にヴァッシュと二人で父と兄に会うことにした。
どこで会うかが問題だったのだが、ヴァッシュがトリアテール公爵邸で会えばいいと言ってくれたので、素直に甘えることにした。
「そっか。ヴァッシュ様のところなら心配はないね」
オルフェと皇宮内で会った時にそのことを伝えたら、オルフェはほっとしていた。
「色々と話を聞いて、素直に引き下がらないだろうなとは思っていたから、心配していたんだよ」
「ありがと。さすがに、トリアテール公爵閣下の前で私に何かするほど愚かじゃないと信じたいわ」
「……古い家柄を誇りに思うのは間違いではないと思うけど、それだけに囚われていたら何も出来ない」
「そうね。お父様やお兄様は、爵位を誇るだけではなくて、その爵位に沿った働きをしなくちゃいけなかったのよね」
「領地を守り発展させるのも、土地を持つ貴族の役目だ。君の父君は、領地を失う一方だった。そして兄君は、それを止めることもなく、好き勝手に生きすぎた。伯爵としての自覚がない」
「うーん、ダメな父よね」
ラフィーネの父親ではあるけれど、オルフェの言葉に納得出来る。もちろん、反論なんて一切ない。
「ま、これで決着を付けるんだろう?気を付けて」
「うん、心配してくれて、ありがとうね」
持つべき者は良い友人よね、と思いながら、ラフィーネは素直にお礼を言ったのだった。
ようやくヴァッシュとラフィーネの休みが重なった日、ラフィーネは朝から気合いを入れて公爵邸へと向かった。
せっかくだからちょっとエステとかどうですか?という伝言を、トリアテール公爵邸の侍女からもらったのだ。
伝言を運んで来たのはヴァッシュだ。
公爵に伝言を運ばせる侍女って……!?とラフィーネはおののいてしまったのだが、ヴァッシュは気にしていなかった。
というか、状況を説明して、ラフィーネの父と兄にうちで会うことにしたから準備をするように、と命令した時、ヴァッシュは侍女長から怒られた。
『大切なお嬢様を初めて屋敷に連れてくるのがその状況なのはどうかと思います。旦那様には慣れた屋敷でも、初めて来られるお嬢様は驚いて気後れなさるかもしれません。いいですか、噂で聞くよりも、実際に中に入って屋敷の広さとか使用人の多さとかを実感するのでは、感覚的に違うんですよ。え?皇宮勤めだから慣れているだろう?違います。全然違います。お嬢様にとって、皇宮は仕事場ですよ。気を張ってお仕事をしていらっしゃる場所です。対して、このお屋敷に来るのは私的なことです。お嬢様にとっても家となる場所で、これから先は女主人として堂々と振る舞う場所です。なのに、初めてで場慣れしてない感を出していたら、問題だらけの父君と兄君に隙を見せることになるではありませんか!あちらも貴族として、隙は突くものだと心得ていることでしょう。婚約者なのに、家に一度も連れて来てもらってないのか?と言われかねません。旦那様、その辺りのこともきちんと考えてくださいませ!本当なら一度、お嬢様にこちらに来ていただいて色々と慣れていただいた方がいいのですが、お嬢様もお忙しい方ですよね。仕方ありません、幸い、あちらが来るのは午後からです。でしたら、午前中の内のお嬢様にこちらにいらしていただいて、この屋敷と私共に慣れていただきましょう。というわけで、旦那様、お嬢様に、当日の午前中にせっかくでしたらエステでもしませんか?とお誘いください。屋敷の主要な場所のご案内と、エステをしながら私共に慣れていただいて、自然に命令が出せる状態にまで持っていきましょう』
屋敷の侍女長の言葉に、後ろで他の侍女たちがうんうんとうなずいていた。
確かに自分で言うのも何だが、公爵邸は広い。当然ながら、勤めている使用人の数も多い。
ラフィーネの家に全く使用人がいないということはなかっただろうが、規模が違い過ぎるとは思う。
侍女長の言葉に納得したヴァッシュは、翌日、さっそくラフィーネに伝言を届けたのだった。
「…………噂には聞いていましたけど…………広いです…………」
馬車から降りて公爵邸を見たラフィーネは、ぽかんとした顔をした。
この顔を見ると、確かに侍女長の言う通りだったと納得した。
「……あの……なかったことに……」
「無理だ。慣れろ」
「……ですよね」
ギギギギギと音が聞こえそうなくらいぎこちなく首を回してこちらを見たラフィーネに、ヴァッシュは非情な宣告をした。
噂では聞いたことがあったのだ。トリアテール公爵邸の大きさのことは。
さすがに皇宮には負けるが、公爵邸だけあって屋敷は貴族の中でも一番大きいし、勤めている使用人は質が良くて大人数だ、と。
実際、門から玄関に来るまでの距離も長かったし、今、目の前にずらっと並んでいる使用人の数の多さにびっくりして気後れしてしまった。
何か、私って場違いなんじゃない?こんな大人数……!あぁぁぁぁ、どうしよぉぉぉぉぉ。裏口からそっと入って部屋を借りるだけだと思ってたのにぃぃ。エステっていう言葉にうっかり惹かれちゃったけど、それもこそっとやってもらうだけだと思ってたのに……。
ラフィーネの顔が青ざめ、表情が硬くなっているのを見たヴァッシュが、どうしたものかと思っていたら、侍女長がすすす、と前に出てちらりとヴァッシュの方を見た。
「ラフィーネ、うちの侍女長だ。分からないことがあったら、彼女に何でも聞くといい」
「ようこそお越しくださいました、リンゼイル伯爵様」
綺麗な動作で礼をした侍女長に、ちょっとだけ平静を取り戻したラフィーネは、あわてて言葉をかけた。
「ラフィーネ・リンゼイルです。リンゼイル伯爵という呼び方はまだ慣れていないので、出来れば名前で呼んでください」
「かしこまりました、ラフィーネ様」
にこりと笑った侍女長に歓迎されていることを感じたラフィーネは、いくぶんほっとした顔をした。
「旦那様よりラフィーネ様のことは伺っております。私共は、これから先、お二人にお仕えする者です。どうぞ遠慮などなさらず、何でもおっしゃってください」
「はい、これからよろしくお願いします」
ラフィーネの態度はまだまだ固いし、言葉遣いも使用人に対するものではないが、それは慣れて女主人として自覚を持てば自然と変化していくだろう。
侍女長がそっと目配せすると、侍女の中でもラフィーネよりは少し年上の女性二人が前に出た。
「ラフィーネ様、この二人がラフィーネ様のお世話をする者でございます。さぁ、父君と兄君が来られる前に、しっかりと肌を磨かせていただきます。あちらへどうぞ」
優しそうな笑顔の二人に連れられて、ラフィーネはこれから先、住むことになる屋敷に足を踏み入れたのだった。




