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今まで空いていた部屋に新しい家具が運び込まれていくのを、ヴァッシュは複雑な心境で見ていた。
ヴァッシュが普段使っている代々の公爵の部屋で、扉で繋がった夫婦の寝室を挟んでやはり扉一枚で繋がっているのがラフィーネの部屋となる。代々の公爵夫人の部屋だ。
部屋には母が使っていた家具が少し残されていたが、今回は全て一新した。
本当ならその費用はヴァッシュが出すはずだったのだが、ヌークス子爵が全ての費用を出した。
正直、ラフィーネに言うべきかどうか悩んだ。ヌークス子爵にしても、おそらくラフィーネに伝える必要はないと思っていただろう。ただ、後で何かの拍子に不審に思ったラフィーネに問い詰められた場合、誤魔化すことが出来なそうだった。そこで変な風に拗れるよりは、今きちんと言っておいた方がいいだろうと思って、費用は全てヌークス子爵が父親として支払ったと告げると、ラフィーネはすぐにヌークス子爵に会いに行った。
そこでどんな会話をしたのかは教えてくれなかったが、ラフィーネは、父親ってあんなに頼りになるものなんですね、と微笑んでいた。目元が少し赤くなっていたのは見なかったふりをした。
きっと二人にとって良い話が出来たのだろう。
ただ、ラフィーネのことはヴァッシュがやりたかったという気持ちがあり、義父にしてやられた感が否めなかった。
バーナードにこの複雑な心境を愚痴ったら、夫としてこれから先は全てヴァッシュ様が支えることになるのですから、嫁入り支度くらい父君に素直に譲りなさい、と言われてしまった。
ヌークス子爵が実の父親ではない、ということは問題ではないらしい。
誰がラフィーネのことをちゃんと考えているか、ということらしかった。
その点で血の繋がった父親はバーナードからダメだしされ、義父になりそこなったはずのヌークス子爵の方が父親認定されていた。
バーナードは公爵家の執事と図って、ヌークス子爵に何かを贈るそうだ。
公爵家からの物と被らないように騎士団からも何かを贈ると聞いて、思わず必要かと聞いてしまった。
「騎士団長とその妻になる女性がお世話になったのですから必要ですよ。という建前ですが、ここでヌークス子爵と知り合っておくと、後々、騎士団からの発注先として懇意になれます。ヌークス子爵の方も、騎士団という大口の契約先が出来るのでお互い利があることなので、贈り物一つでそれが出来るのでしたら安いものです」
そう言ってにこにこしていた。
ヌークス子爵の方にも利があるのなら、多少は今回の借りを返せるだろう。
「ヴァッシュ様」
父と兄から解き放たれたラフィーネは、日に日に明るくなっていっている気がする。
「家具の位置はだいたい決まったか?」
「はい。でも、まだきていない物もあるので、だいたいですけど」
「後で変えても別にいいだろう。実際に使ってみないと何とも言えないからな」
「そうします」
「あぁ。俺の部屋も何度か模様替えをしたよ。その時は納得して置いたはずなんだが、使うとちょっと違うということもよくあることだ」
「そうですね」
「何なら、今日からあの部屋に泊まってもいいんだぞ」
夫婦の寝室もあるが、それぞれの部屋にもベッドは置いてある。
ヴァッシュだって、今はまだ部屋のベッドを使っている。
これから先、例えばヴァッシュが遠征等でいない時などは、ラフィーネは自分の部屋のベッドか夫婦の寝室にあるベッドで寝るかは好きなように決めればいい。
あと、あまり考えたくはないが、何かあって夫婦喧嘩をしてしまった時とか……。
「今日はちゃんと客間で寝ます。その……まだ、揃っていませんし、ちょっと慣れないので」
「そうか」
客間の一室は、ほぼラフィーネ専用になっている。
最初はそこのクローゼットに服などを掛けていたが、最近では侍女たちが女主人専用の衣装部屋に運んでいる。最初こそ戸惑っていたラフィーネだったが、侍女たちが仕事の服も綺麗にして持ってきてくれるので、自分も皇宮でこういう風にテキパキ仕事をしなくては、という妙な向上心に火が付いたようだった。
侍女たちからのエステも、ちょっとしたたわいもないおしゃべりなども、今までは客間で行っていたのだが、これからは正妻の部屋で行われることになる。
「……こうして部屋が整っていくのを見ると、ちょっとだけ実感が湧きます」
「カタログを見ただけでは、実感があまりなかったか。やはり絵だけだと、実際の大きさなどが分かり辛いからな」
「それもありますけど、自分の身にこんなことが起こるなんて思っていなかったので」
「それを言うのは俺の方だ。結婚出来ると思っていなかったし、結婚したいという願望もなかった。それなのに今は、早くラフィーネがこの屋敷に完全に引っ越してこないかな、とずっと考えている」
「もう少しだけ待ってください。私の気持ちが流されっぱなしのような気がするので、一度、冷静になりたいんです」
「あぁ、俺の傍で悩む分には全然かまわんぞ。ただし、一人で何もかもを抱え込もうとするよ?俺だけでは頼りにならないというのなら、オルフェやトーゴを巻き込んでもいいから、」
「お約束します。絶対に一人で悩まないと」
「絶対だぞ」
「はい」
これは自分からした約束だから、ちゃんと守ろう。
そう考えると、父と兄はよき見本になっている気がする。
身内だからといって適当に約束をして、すぐにラフィーネとの約束なんて破ってもいいと思っているあの二人のようにならないよう気を付けようと、ちゃんと思える。
「それと……」
何かを言いかけて止めたヴァッシュの方を見ると、不本意だ、と大きく書いてあるような表情をしていた。
「ヴァッシュ様?あの、すごい顔をしてどうしたんですか?」
「……ものすごく不本意だが、ヌークス子爵も巻き込んでいいと思う」
「あら」
ラフィーネは驚いた顔をした。
「はい。ヌークス子爵は、お義父様ですから」
「……あぁ……」
そのままの顔で返事をしたヴァッシュに、ラフィーネはクスリと笑ったのだった。




