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メルテは、予想通り並んでいた。
ただ、売り切れてはいなくて、このまま並んでいればちゃんと買えそうだった。
「えーっと、侍女仲間と女官さんたちと、オルフェもいるかしら?」
リディアーヌには買っていくつもりだが、その恋人のオルフェにも渡した方がいいだろうか?
「必要ないだろう。どうせ、リディアーヌ嬢と一緒に食べるさ」
「そうですね。んー、トーゴもいらないかな」
甘いお菓子は苦手だと以前、言っていた。どちらかと言うと、珍しいお酒でも渡した方がいい。
「……仲がいいな」
「そうですね。色々と相談に乗ってもらいましたから。私が……その……ヴァッシュ様のことでちょっと暴走しかけた時も、ちゃんと止めてくれたので……」
「暴走?」
「ヴァッシュ様に、こ、告白、をしたくて……」
ちょっとうつむきながらも、ラフィーネの顔が赤くなっていることに気が付いたヴァッシュは、ラフィーネの手をほんの少しだけ強く握った。
「ヴァッシュ様?」
「止めてくれてよかったよ。俺が先に言いたかったから。なら、彼は恩人だな」
「そうなります?」
「今度、俺が酒を贈っておこう」
「あの、大丈夫な範囲でお願いします」
「もらい物だが、俺は家ではあまり飲まないからな。うちで眠らせておくより、美味しく飲んでもらった方がいいだろう」
「ヴァッシュ様がそうおっしゃるなら」
公爵で帝国の騎士団長をやっていれば、贈り物をされることは多い。家に死蔵させておくくらいなら、ラフィーネと自分の恩人に贈るくらい何ともない。
たとえそれが、異国の女王から贈られた酒であろうとも、どうするかは持ち主の自分の自由だ。
「焼き菓子は女性たちだけに買っていけばいい」
「はい」
そうこうしているうちに、店内に入ることが出来て、可愛らしい箱に入れられた焼き菓子を買うことが出来た。皆で分けるようの大きめの箱を二つと、個別に配る分の小箱を数個、それから、ヴァッシュが皇帝に渡す用の中くらいの箱の物を購入すると、それなりの荷物になった。ラフィーネは自分で持つつもりだったのだが、すぐにヴァッシュに取り上げられてしまった。
「ヴァッシュ様」
不満そうな顔をしたラフィーネに、ヴァッシュがくすりと笑った。
「これくらい俺が持つ。剣や鎧よりよほど軽い」
「ですが」
「気にするな」
公爵に持たせていいものだろうか、と思ったが、今更な気もしたので、ラフィーネは素直にヴァッシュを頼ることにした。ラフィーネが変に意地を張らずにヴァッシュに任せたからか、ヴァッシュは機嫌がよさそうな顔をして荷物を持った。
「あとは、いいのか?」
「はい。もうこれで……」
「ラフィーネ!ようやく見つけたぞ」
聞き慣れた、けれど、あまり聞きたくなかった声に、ラフィーネは思わずため息を吐いた。
ヴァッシュがすぐにラフィーネを庇おうとしたのを、ラフィーネの方が止めた。
「ヴァッシュ様は見ていてください」
「だが」
「大丈夫です、ヴァッシュ様。私がリンゼイル伯爵なんです」
強い意志を持った瞳が、ヴァッシュを見ていた。
けれど、その手が少しだけ強ばっているのを、ヴァッシュは見逃さなかった。
「……俺が傍にいる。決して手出しはさせないし、ラフィーネが危険に陥るようなこともない。ラフィーネこそ陛下が認めたリンゼイル伯爵だ。陛下の威も借りて、好きなように言えばいい」
「はい。大きな虎が二匹も背後にいてくださるので、安心して思う存分、やらせていただきます」
ラフィーネが声のした方を見ると、顔色の悪い兄と目が合った。
「あら、ご機嫌よう」
案外、早く来たな、というのがラフィーネの感想だった。
もう少し時間が経ってから来ると思っていた。
具体的には、商人たちへの通達を知らずに買い物をして断られてから、ようやく実感が湧いて言いに来るのかと思っていた。
爵位はラフィーネに言えばすぐに戻ってくる、そう思っているだろうから、もっと遅くなると思っていた。
どうやら、ラフィーネが考えているよりも、もっとずっと爵位に対する執着はあったようだ。
「ラフィーネ、すぐに家に戻って来い。父上がお呼びだ」
「どうして、私がいかなくてはいけないのです?」
「それは……こんなところで話すことではない」
「私はかまいませんわ。まぁ、だいたい見当は付いていますけど、爵位については陛下がお決めになったこと。異議などがある場合は陛下に直接どうぞ、と言われませんでしたか?」
「……言われた。だが、父上はお前が直接、爵位を辞退してこちらに渡せばそれで済むと」
「済むわけないでしょう?お父様もお兄様も、陛下のご命令を何だと思っているの?陛下は、意味もなく罰を与えるような方ではないわ。今回のことだって、貴族院と協議をして彼らも納得したからこそ、私が爵位を継ぐことになったのよ」
「貴族院も納得しているのか?」
「もちろんよ。その証拠に、貴族院から不満の声は出ていないでしょう?」
デリックは、確かにその通りだ、とようやく思い至った。
もし皇帝が何の意味もなく勝手に降爵などを決めてしまった場合、貴族院が必ず動く。何故なら、次は自分たちかもしれないという恐怖が出てくるからだ。だが、今回、貴族院は沈黙を貫いている。それはつまり、彼らも納得しているという証拠になる。
「それとお兄様、お兄様はもう男爵家の人間よ。伯爵である私を呼び出せる立場にないわ」
ラフィーネにきっぱりと言われて、デリックは一瞬にして頭に血が上った。
「伯爵を継ぐのは俺だ!」
「実際に継いだのは私。しかも、陛下のご命令で。つまり、お兄様には伯爵位を継ぐ力量がない、そう判断されたのよ。お兄様がいかに自分がすごい人間だと思っていても、他の方々は違うと判断された。それが事実なの」
デリックは、今度は目に涙を浮かべた。
……薄々感じてはいた。
誰も彼もが、自分を高評価していないことに。だが、それでも伯爵になって仕事をすれば、いずれ理解してくれるだろうと思っていた。
「……俺が、皇宮で働くようになれば、すぐに」
理解される、そう言おうとして、口をつぐんだ。
今の自分が言っても、負け惜しみのようにしか聞こえないだろう。
「お兄様、その前に皇宮で働くための試験がありますわよ。けっこう難しいので、そう簡単にはいきませんわ」
ラフィーネを睨もうとして、ようやくデリックはラフィーネの後ろに立つ男性に気が付いた。
「……まさか、公爵閣下?」
一度だけ会ったことのあるトリアテール公爵が、護衛期間が終わったというのに、何故ラフィーネと一緒にいるのだろ?
ラフィーネを守護するように立つヴァッシュに、デリックの顔はさらに青くなっていったのだった。




