43
読んでいただいてありがとうございます。
休暇を取ったラフィーネが何をしていたかと言うと、根回しだ。
貴族へのお披露目は、後日、皇帝直々に、説明を兼ねた場を設けてくれるということだったので、そこまで動くことはない。むしろ、下手に先に動いて皇帝の面子を潰すようなことをするつもりはない。
なので、今、根回ししているのは、商人たちに対してだ。
普通の貴族なら、屋敷に商人を呼び寄せるのだろうが、官舎に住んでいるラフィーネには家なんてないし、店に行った方が早い。
父や兄がよく利用していた大きな店の商人のもとへ行き、皇帝陛下の命令でリンゼイル伯爵の代替わりが行われてラフィーネが伯爵になったこと、今後、父や兄が勝手にリンゼイル伯爵の名で買い物をしようとしても取り合わないこと、どうしてもという場合は、必ずラフィーネに確認を取ること、そんな諸々としたことの話し合いをした。話し合いは商人ギルドの立ち会いの下で行ったので、商人ギルドの者たちも理解したと思う。
「ここまでしておかないと、勝手に買い物とかしそうな気がするのよね」
「確かに、そうだな」
何故か一緒に来たヴァッシュは、珍しく私服だった。
いつもは黒っぽい服を着ているので、黒が好きなのかと思っていたが、今日は白いシャツに紺色のズボンというものすごく普通の格好だった。
とはいえ、生地自体はすごいいい物だと思う。
そして何より、どうしても滲み出る威圧感……!
歴戦の大商人たちが動揺していたことを、ラフィーネは見逃さなかった。
中には、ヴァッシュのことを知っている商人もいたので、今頃、ラフィーネの後ろにはヴァッシュが、つまりトリアテール公爵が付いているという噂が広まっていることだろう。
「虎の威は借りまくらないと!」
ラフィーネの恋人は、そんなことでグタグタ言うほど器の小さい男ではない。
むしろ、ラフィーネを守るために、わざわざ自分も休暇を取って付き合ってくれるような男性だ。
「ありがとうございます、ヴァッシュ様」
「いや、これくらいのことならいつでも言ってくれ」
「ヴァッシュ様が後ろにいてくれると、心強いです」
今までは隣で護衛をしてくれるだけの仲だったが、今は同じように隣にいても手を繋いでいる。
ちょっと子供っぽいかもしれないと思いつつも、ラフィーネは何となく憧れていたので、こうして触れ合う手の温かさがとても愛おしい。
「他にもおどす……ではなくて、何か交渉するところがあるのなら、一緒に行くが」
「大丈夫です。父や兄が勝手に買い物をして、こっちに請求書が回ってくるのが嫌だったんですけど、そもそもうちはそこまで付き合いのある商人がいないので、先ほどの商人たちに言っておけばそんな事態は防げます」
ヴァッシュから漏れた言葉は聞かなかったことにして、ラフィーネは彼に笑顔を向けた。
兄はともかく、父は個人の小さな店に買い物に行くような人ではない。
変に貴族としてのプライドを持っているから、買うなら大きな店ということにこだわりを持っていることを、ラフィーネは知っている。
おそらく兄もそんな父につられて、小さな店には行かないだろう。
「そうか。他に行きたいところはあるか?」
「あの、ちょっと並ぶんですが、近くにメルテという焼き菓子を売っている店があるので、そこに行ってもいいですか?」
以前、誰かのお土産でもらった焼き菓子だったのだが、あまりの美味しさに感動したことがある。休日ともなればすぐに売り切れてしまうが、平日なら夕方近くまで商品が残っていると聞いた。
ただ、ちょっと並ぶことになるので、いくら何でも公爵閣下を並ばせるのはマズイかも……と思いつつも、侍女仲間も楽しみにしているので、ラフィーネは絶対に買うつもりでいた。
「ああ、メルテか。あそこの焼き菓子は確かに美味いな」
「いいんですか?」
「何がだ?」
「並びますよ?」
「それがどうかしたのか?人気店なのだから、並ぶのは当り前だろう?」
不思議そうに言われたので、ラフィーネの方が戸惑った。
「並ぶことくらい慣れている。ここだけの話、以前、ユージーンと一緒に並んで買ったことがあるんだ。アイツが、どうしても奥さんに食べさせたいと言ってな」
いたずらっ子のような顔で告げられた事実に、ラフィーネは一瞬固まった。
ユージーンさんとその奥様?
聞き間違いでなければ、ユージーンさんというのは当代の皇帝陛下のお名前だった気がするんですが?
ラフィーネが恐る恐るヴァッシュと目を合わせると、にやっとされたので、間違いはなさそうだ。
「……えーっと、メルテ、すごいですね……」
そうか、公爵閣下と皇帝陛下が一緒に並んでたのか。
これが公表されたら、色々な意味ですごい店という評判が立つに違いない。
怖くて、誰にも言えないけれど!
「ついでにアイツにも買って行ってやろう。奥さんもすごく気に入っていたらしいから」
「あー、はい。そうですね。女官の皆さんにも買って行きましょう」
メルテの人気の理由の一つが、美味しいのにそこまで値段が高くないことにある。
元々、気軽に食べられる美味しい焼き菓子、がコンセプトの店なので、庶民から貴族にまで一気に人気が広がったのだ。
「それに、並んでいる間は、こうして一緒にいられるしな」
「……もう……」
顔を赤らめたラフィーネの手を優しく握ると、二人はメルテの方に向かって歩き始めたのだった。




