少女の怒り(その4)
一夜明けて、小林先生は更に精密な検査をしてくれた。傷口の消毒が必要なので今夜もう一晩泊まって、明日の朝帰ってもいいですよ、という話になった。お母さんは半信半疑だったが、お父さんはごく当たり前のことのように小林先生の話を受け入れていた。
さつきちゃんも自分自身が目の前で一部始終を見、全くこの病院を知らない筈の僕がここへやってきたという事実をそのまま受け入れている。
「神社の神様か、掛け軸のご先祖様か、お二方共々かと思う」
僕がそういうと、さつきちゃんは少し涙ぐんで、うん、と頷いた。
さつきちゃんのお父さんはダムの現場に泊まり込みなのでさすがに来られなかったが、お母さんが来てくれた。前回と同様、さつきのために、と感激しているようだ。
前回も今回も僕がさつきちゃんに助けられたというのが事実なのに、みんな僕がさつきちゃんを守って怪我をしたと見事に誤解している。さつきちゃんまで今回も、
「かおるくん、ありがとう」
と言ってくれた。
小林先生は自らを‘愚か’と言ったけれども、間違いなく名医だった。
僕はひょっとして、と一縷の望みを託して先生に訊いてみた。
「脳神経外科って、うつ病も診たりされるんですか?」
僕がそう訊くとお母さんは俯いてしまったが、お父さんは、ゆっくりと顔を上げ、僕の顔を見、それから小林先生の方を向いた。
「専門ではありませんが、あなたで4人目だと言った患者さんのうちの1人はうつ病の方でした」
僕、さつきちゃん、お父さん、お母さん、さつきちゃんのお母さん。昨日の晩初めて会ったこの5人を目の前にして、小林先生は話し始めた。普通の医者であれば世間体や病院の風評なんかを気にして、決して話さないようなことを。
「これは、私の実感です。特殊な話と取り合っていただかなくとも、それでも結構です。
私を気が狂っていると捉えていただいてもそれでも構いません」
語り出しはそんな言葉だった。決して強制はしないということを強くはっきりと伝えられた。
「病気には必ず原因があります。ただ、私の言う原因とは、不規則な食習慣とか病気の因子の遺伝とか、世間一般で言われるような原因ではありません。世間一般で‘原因、原因’と言っているものは単なる‘結果’でしかありません。
本当の‘原因’は人間の力では決して見つけることのできないものです。それは人間の思いもよらないことです。
皆さんはこんな昔話を聞いたことはありませんか?
ある村の神社に古い杉の大木があった。ご神木と呼ばれていました。その木が病気に掛かって枯れ始めたのです。その村は林業が盛んで、病気に掛かったご神木をそのままにしておけば周囲の杉にも病気が移り、村の収入が無くなってしまう。病気が移るのを防ぐ方法の一つはご神木を切り倒すことです。でも村人は誰も怖がってやろうとしない。
そんな中、そんなの迷信だ、と言って、源治という若い村人がみんなのためにご神木を切り倒すと自分から言い始めたのです。他の村人は神様を畏れたが代替案が出せない。結局は傍観して心の中では源治がご神木を切ってくれることをありがたい、と思っていました。
果たして源治はご神木を切り倒し、その晩の内に高熱を出して苦しみながら死んでしまった。村人は神様を畏れ祭礼を執り行うとともに、源治の身を捨てた勇気も称え源治のために供養塔を建てました。
皆さん、どう思いますか?」
僕たちは小林先生の思いもよらない話と投げかけに圧倒された。僕たち自身が返事を躊躇していると、小林先生はゆっくりとまた話し始めた。
「私は、源治も村人たちも、眼が見えなくなってしまっていたのだと思います。
‘周囲の杉が枯れてしまうから’というのは、どんな理由をつけたところで結局人間の側の都合でしかないと私は思います。‘大義’のように見えて、せいぜい村人のための‘小なる義’でしかないと思います。
そして、源治が高熱を発する病気で死んだ原因は間違いなく‘ご神木を切り倒した’ことです。
ただ、それによって神様がお怒りになったのか、それとも神様は何かお怒りとは別のお心があって源治を天に召されたのか、そこまでは分かりません。その部分は人間ごときがはかり知ることのできない深い深い意味があったのだろうと思います。
もしかしたら、ご神木におられる神様に‘どうぞ別の木へおうつりください’とお願いすることも方法の一つだったかもしれません。また、ひょっとしたらその村は周囲の杉が枯れ果ててしまって、別の生業を求めた方がもっと栄える、という、神様のご深慮があったのかもしれません。
でも、源治も村人も、‘自分達こそ同情され救われるべき存在だ’という思い上がりで、どこまでも人間の都合を最優先にして動いてしまったのではないでしょうか」
一同、姿勢も崩さずに小林先生の話をじっと聞いている。
「源治はご神木を切り倒したその晩に死んだので、‘病気の原因’は人間でも簡単に推測できます。でも、日々のわたしたちは、全く意識もなく、悪気すらないところで知らずの内に‘ご神木を切り倒す’のと同じような失礼、ご無礼を働いていることがあるのではないでしょうか?
私は‘無い’と言い切る自信はまったくありません・・・・」
小林先生は5人の顔を見渡し、もう少し話してくれた。
「人間の生き死には人間ではコントロールできません。医者である私ですら、‘私が助けた’と自慢できる患者さんは一人もいません。たまたま、‘この人間は助けよう’と神様がお考えになった患者さんが私の病院に来られ、私は神様がお決めになられた通り、‘最初から助かると決まっている’患者さんと向き合っているだけだと思うのです。
そして、その助かる患者さんと助からない患者さんの境目が一体どこにあるのか・・・
それは人間ごときが考える領域では多分、ないのだと思います。
現に、かおるさんは純粋な医学的な見地からは、死んでいるはずなのです。
でも、どういう神様のお心か、かおるさんは助かるべくして私の病院にやって来て、当然のこととして今、生きている。これは私ではなく、神様がかおるさんの治療をしたことに他ならない。かおるさんが生きることは神様のご意向である。私はそう思います」
お父さんが、ありがとうございます、と小林先生に頭を下げた。お父さんの右目の眼尻にはうっすらと涙が溜まっている。お父さんは決してそれをこぼさないようにとやや顔を上に向けて、必死に耐えている。
「失礼ですが、かおるさんがさっきから心配しているうつ病の患者さんは、お父さんのことですね」
はい、そうです。お父さんは小林先生がそれを分かっているのが当然のことのように静かに答えた。
「もし、かおるさんだけでなく、お父さんがこの病院にこうしてやって来たことも神様のご意向だとしたら・・・わたしがそのご意向に沿えるかどうかは分かりませんが、しばらく私の病院に通ってみられたらいかがでしょう?」
はい、よろしくお願いします、とお父さんはもう一度頭を下げた。
「人智を尽くす、ではありませんが、わたし自身も神様のご意向に沿えるよう、心を込めてお父さんの病気に向かいます。わたしも精進しますので、よろしくお願いします」
今度は小林先生がお父さんに頭を下げる。
お父さんは一筋だけ、涙の線を作った。




