少女の怒り(その1)
僕はお盆明けには退院し、補習も後半は出席できた。
そして、岡崎は被害届をどうするのか、と、心の隅に不安を抱えながら、9月になり新学期を迎えた。
結局、岡崎は被害届を出さなかった。それどころか、岡崎達3人は3か月の停学処分だという。一週間や二週間ではない。3か月ということは暗にその間に、「自主退学するのか、もう一度心の底から反省してやり直すのか、よく考えて決めなさい」という意味だろう。
クラス会の時、太一は岡崎にこう言った。
「西條高校で一体何の勉強してんだ!?西條高校は真のエリート、真の紳士を育てる高校じゃなかったのか!」
と。
太一のこの言葉は真実だった。西條高校は単に大学入試のための学校ではなかった。‘誇り高き真のエリート校’だったのだ。どんなに成績がよくとも、岡崎のような‘紳士たり得ない’生徒には厳しく反省を迫り、自分自身で進退を決するよう求めるのだ。まさしく、生徒を一個の‘大人’として扱っているのだ。
岡崎たちにざまあみろということではなく、僕と太一は、素直に西條高校を見直した。
僕とさつきちゃんには、学校から一応、厳重注意はあった。もちろん、それは僕たちが間違った行動を取った、という意味での注意ではない。校長室に僕たち2人は弁当を持ってお昼の時間に来るように言われた。形の上では‘厳重注意’だが行ってみると、校長先生は、「さあ、一緒にお弁当を頂きましょう」と軽い感じで言い、3人で弁当を食べたのだ。
校長先生は色んな話をしてくれた。
「たとえ、自分達が‘人間の目から’は間違っていなかったとしても、凶事に関わってしまうことがあります。そして、それは決して‘あいつのせいだ’として済ますべきことではなく、本当に自分達には反省すべき点はないのか、あるいは、より自分達の心を高める道はないか、と考える足掛かりにすべきだ、と自分は思うのです。良いことにも凶事にも‘理由’というものがあるはずです。良いことも凶事も、かけがえの無い、‘必然’のことだと私は感じます」
ああ、僕たちの‘縁’の話のようだ、と不思議な気分で校長先生の話を聞いていた。
最後に校長先生はこう言ってくださった。
「小田君が‘相手を殴る’という行動を取らざるを得なかったのは、非常に残念ではあります。
けれども、小田君も日向さんも、卑怯なことは一切していないという事実に私は心安らかな気持ちです。
それどころか、凶事でありながら、2人の言動は清々しくすらある。
2人は鷹井高校の名誉を守ってくれた、と、私は却って感謝しています。
仮に新聞社や報道機関が取材に来るようなことがあったとしても、私は一点の曇りもない心で事実だけを述べることができる。
本当にありがとう」
そう言って、僕たちは‘放免’された。
僕もさつきちゃんも、鷹井高校はなんていい高校なんだろう、としみじみ感じた。
そして、もし、‘世間’なんてよく分からないものの風評があったとしても、僕たちの目の前の‘生身の現実の人たち’は、そんな実態のないような風評など、‘どうでもいい’と切って捨ててくれる人たちだった。




