殺されそうになりました
翌日、ガタンゴトン…
馬車に揺られながら、フィオナは、イマイチ憎悪が湧かないイオンに連れられて王宮に行く途中だ。
まだ早朝で風が気持ちいい。
私は静かに瞼を閉じて、フライド…いってきます。と告げた。
返ってきた言葉は、『危なくなったら俺を呼んで下さいね。すぐに飛んで行きますから』との事。
まぁ、安心ね。
私は、馬車に身を任せた。
…暇ね。
イオンは何だかキラキラと私を見てるだけだし。
カイもまだ寝ていて、フィオナはものすごく暇だった。
「イオン、今の陛下はどんな感じかしら?」
フィオナが唐突にイオンに話しかけて少し驚いた様子のイオンは少し考える素振りで、うーんとねと頭をひねる。
「とても冷酷だね、大臣達は怖くて近づいてこないぐらいに。すぐに、人を切ろうとするし」
私の顔は少し引き攣った。
「昔と全然変わってないのね。」
私は自分の眉間に手を当てたくなった。
「そんな陛下が私なんかに何故会いたいのかしらね」
溜息も出てきた。
こんなに時間がかかるんなら、やめとけば良かったかしら。
…と、そこでフィオナの頭の上に豆電球がピコッとでた。
「イオン、私先に王宮に行ってるわね」
イオンは目を丸く見開いて慌てている。
「おい、どうやって行くんだ!?」
私は馬車のドアを開けてふわっと飛び降りた。カイは肩の上だ。
フライドー陛下のもとまで連れてってくれない?と心で呼びかけると、
『仕方がないな』
途端に、強い風がフィオナを包み込み見知らぬ砂埃などが広がらない地面に足を着いた。
一方、馬車に取り残されたイオンはポカーんと口を開けていた。
「…一体さっきの強風は何だったのだ?」
やっとのことで絞り出した言葉には一つの仮定が思い浮かんでいた。
もしや、あれは…と、そこで首を振る。
いや、あるわけがない。
寧ろこの国にいる筈がないんだ。そしてふとする。
「馬を出せ!王宮に急がねーと!」
イオンは馬車を降り、黒い馬を走らせる。
逃げられたかもしれないのだ。しかし、フィオナ様は王宮に行くと言っていた。取り敢えず王宮にいるのか確認しなければ。
周りにいた人間はあんな子供が馬に乗れるなんて思っても見なかったので驚いていた。まだゆっくりと馬を歩かせるのなら分かるがその子供は馬を蹴って手綱を持ち意のままに馬を走らせていたのだ。
大人達が唖然とする中、馬が走り去って行く音が街に響いていた。
…ここは誰かの部屋みたいだな、やけにシンプルな部屋だが一つ一つのインテリアが凝っていて趣味がいいと見える。フーッと息を吐くと、背後から地を這うような声が聞こえた。
「お前は誰だ?」
後ろに人がいたのだ。そして、フィオナの首にひんやりとしたものが当たったかと思うと白い首筋に赤い一本の線が流れた。たが、首を少し切られただけではフィオナは別に気にしない。それよりも、こんな見た目でも分かる子供にまで迷わず剣先を向けるのか、と溜息がこぼれそうになる。
数秒の沈黙が続く。その沈黙を破ったのは大きな声と扉を叩く音。何やら部屋の外が騒がしくなってきた。
「陛下!ご無事ですか?」
扉を叩く音と混じって聞こえるのは何やら、男の人の声。
そして、予想通り後ろにいるのは陛下だと確信がついた。
…あの小僧わざわざ陛下の部屋に降ろさなくても。恐らく近くにいるだろうフライドに睨みを効かせる。
後ろにいる陛下は何か呟いてる。
「泉の…女?」
ピクッと身体が動いたのが分かった。
とりあえず、陛下の呟きは無視して私は疑問に思っていた事を振り向いて言った。
「陛下、何故私に会いたいのですか?」
フィオナの漆黒の瞳が陛下を捕らえる。
「いい、大丈夫だ、気にするな」
と、フィオナの言葉を後回しに一瞬で外の男達を黙らせた。
すると、フィオナより遥かに身長が高い陛下の右手がフィオナが先程、陛下によってつけられた傷を痛くないように触る。陛下は自分が付けてしまった傷を見て、顔が暗くなった。…ような気がした。そんな百面相をしている陛下が急に膝を付いてフィオナの右手をとりキスを落とした。
射抜かれそうなライトブルーの瞳で見つめられる。
「先程はすまない。あの泉で心を奪われた。俺と結婚してくれないか?」
私は、一瞬訳が分からなかった。今、この人結婚してくれって言った?
つい先程剣先を向けていた相手に。
ハハッ…実に面白いな。フィオナは顔を左手で隠して目を瞑って笑った。これほど面白い事は何年振りだろうか…
私を魔女と知ってか知らずか、まぁいい。
存分に楽しませてもらうぞ。人間…いや、ロリコン?
「急に結婚を求められても少し困ります。」
フィオナはさも、普通の町娘みたいな演技をしてみせた。だって、魔女って知られたら面白くないではないか。
私を惚れさせてみろ、陛下…。
フィオナは今、笑みを零していたかもしれない。
フィオナの返事に少し眉を潜めた陛下は確かにそうだな、と納得したようだ。
「では、ここに少しの間過ごして見てはどうだ?」
陛下の思いはどうしても目の前にいる娘をここに留まらせることしか考えていなかった。
フィオナはもう目が点になっている。フィオナはここに住むなんて思っても見なかったのだから。
私、貴族でも王族でもなく魔女なんですけど‼尤もな理由を陛下に心のなかで投げる。
「へ、陛下?私はそのような身分では…」
フィオナの思いが通じたのか、陛下はクッと喉を鳴らした。
「いい、俺が言ったら何も言わないだろう」
知れっという陛下に、この傲慢男は…私の左手が拳を作って震えている。
「やっぱり、ダメか?」
陛下は私の様子を伺うように覗いてくる。さっきの冷酷な陛下は微塵も感じ取れない。
はぁ、少しの間ぐらいはいいか…
「私の飼い猫、カイもここに住んでいいなら…」
フィオナは、カイを陛下の前に出した。
そう、まるっきり陛下に威嚇しているカイを…
カイは陛下の肩に飛び乗り何やら耳打ちをしていた。
「ご主人に手を出したら殺す」
うん、だから私は知らなかったんだ。カイが陛下にそんなことを言っていたのは。
見てわかるように、火花が散っている。
お互い気に入らない存在だったのかな、とのんびり考えていた。
すると、陛下に手を差し出される。
「分かった、そのいけすかない…ゴホン、猫も一緒でいいだろう。部屋は何処がいいんだ?」
いっその事俺の部屋で寝るか?と聞いてくる。
「そうですね。」
あまり、人と馴れ合うのは嫌なのでそう返した。
私の言葉が意外だったのか、陛下は少し戸惑って見えた。
おっと、危ない危ない。一言付け足すのを忘れていた。
「無論、陛下は私に何もしませんよね。」
有無を言わさぬ笑顔で、陛下の顔が引き攣るのが分かる。
「陛下は一国の王、腕も立つ、女性を男性の力でねじ伏せたり、好きなようにはしませんわよね。」
私、安心して眠れますわ、強い陛下がついていますから。
と、念を押して。
陛下は何かと戦うように悶えて、
「…分かった。勿論、何もしない。だが、合意ならいいんだろう?」
陛下は私の前で息を切らしてまっすぐに私を見る。
「はぁ、まぁ合意の上なら…」
陛下は何かに打ち勝ったようなポーズをしている。
…これがイオンが言っていた冷酷な陛下?と疑問に思ってしまう。
「陛下、私、今から寝ても宜しいですか?早朝から叩き起こされてまだ、眠たいのです。」
ふぁ〜とあくびをする。
「あ、あぁ。いいぞ」
陛下の了解も得た事で私はカイを胸に抱いて眠りに着いた。




