さよなら普通 こんにちわ異常
轟音が、やんだ。
光と闇がぶつかり合ったその中心で――
魔王と皇帝は、対峙していた。
互いに、無傷。
決着は、ついていない。
張り詰めた空気の中。
「……皇帝様」
最初に異変に気づいたのは、女賢者だった。
彼女は視線をずらし、戦場の外れを見る。
「後方に……人影が」
その一言。
魔王の意識が、そちらへ向く。
次の瞬間。
「――――っ!!」
少女の泣き叫ぶ声が、響いた。
「……!」
魔王の表情が、初めて大きく崩れる。
「フレデリカ!?」
地を蹴る。
一瞬で距離を詰め、少女の元へ駆け寄る。
「なぜここにいる!?結界は……!」
焦りと怒りが混じった声。
フレデリカは、泣きじゃくりながら。
「……っ、この人が……!」
震える手で、足元を指す。
「助けてくれたの……!」
嗚咽混じりに、そう言った。
そこに。
遅れて、皇帝と賢者も到着する。
「……」
皇帝は無言のまま、その場を見下ろす。
賢者が眉をひそめた。
「……この者が、フレデリカ様を?」
魔王は視線を落とす。
「だが……何者だ」
低く、呟く。
「結界は、誰一人として通さぬはずだ」
視線を皇帝へ向ける。
「……貴様、何か知っているか」
皇帝は、ゆっくりと首を横に振る。
賢者もまた。
「……私も、存じません」
答えは、なかった。
そのとき。
「アキラーーー!!」
遠くから、声が響く。
駆け寄ってくる二つの影。
リンとジーコだった。
そして。
視界に入る。
――人であったもの。
上半身は大きく損壊し、原形を留めていない。
呼吸も、鼓動も、ない。
「あぁ……ああ……」
リンの喉から、声にならない声が漏れる。
震える足で近づき。
崩れるように、その傍に膝をついた。
「……なんで」
ぽつりと。
「なんで……こんな……」
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃになったまま、叫んだ。
「……回復魔法とか、ないの!?」
魔王と皇帝を睨む。
「助けてよ!!」
「お願いだから……!」
涙を拭うこともできず、嗚咽を漏らしながら。
必死に、叫ぶ。
その横で。
ジーコが、一歩前に出た。
震えている。
だが、必死に抑え込んでいる。
「……初対面で、失礼します」
頭を下げる。
「信じてもらえるかは、わかりません」
息を整える。
「私たちは、何らかの力で別の世界から来ました」
「それで……この人は」
言葉が詰まりそうになる。
「……アキラ、って言います」
「一緒に過ごした時間は、短いですけど……」
喉が震える。
「……大事な、家族なんです」
一瞬、言葉を失い。
「何でもいいんです!助ける方法はありませんか!?」
まっすぐに、問うた。
静寂。
そして。
魔王が、口を開く。
「……事情は理解した」
低く、落ち着いた声。
「だが――結論から言おう」
「無理だ」
はっきりと、告げた。
「四肢の欠損程度であれば、回復の術はある」
だが、と続ける。
「完全に死した者を、蘇らせる術は存在しない」
視線を落とす。
「この世界には長命の種族は多く存在するが……」
「“不死”と呼ばれるものは、ない」
「……そう、ですか……」
ジーコの声が、かすれる。
抑えていたものが、崩れる。
「……いや……」
リンが、アキラの亡骸にしがみつく。
「なんで……」
肩を震わせる。
「なんであんた、そんなバカなのよ……!」
涙が落ちる。
「死ぬって、わかるじゃない……!」
何度も、何度も。
呼びかけても。
返事は、ない。
魔王が、静かに言った。
「……我らの戦いに巻き込んでしまった」
「申し訳ない」
そして。
「フレデリカを守ってくれたこと、感謝する」
視線をジーコへ向ける。
「せめて――丁重に、埋葬させてくれないか」
ジーコが、答えようとした。
その――瞬間。
ジジジジジジジジ……ギギギ……ギギギヒヒ
耳障りな音が、響いた。
「……っ!?」
全員の視線が、一斉に向く。
アキラの体から、だった。
損壊した上半身。
その部分が――
歪んでいる。
空間が、乱れているような。
像がずれているような。
見えているのに、認識できない。
その中で。
何かが、動いている。
――再生している。
肉が、骨が、繋がっていく。
だが、それは“生物の治癒”ではない。
もっと、異質な。
存在そのものを書き換えるような。
不快な音とともに、急速に“形”が戻っていく。
「……なに、これ……」
誰かが、呟いた。
十秒ほど。
やがて。
音が、止む。
歪みが、消える。
そこには。
――無傷のアキラが、横たわっていた。
その様子を。
魔王と、皇帝と、賢者は――
ただ、言葉を失って見ていた。




