理屈が終わった時
「……ポジティブに考えよう」
瓦礫の影に身を潜めながら、アキラは小さく呟いた。
視線の先では、未だに常識外れの戦いが続いている。
地面は抉れ、空気は震え、
一撃ごとに“世界そのもの”が削れているみたいだった。
「言葉は……通じてたよな」
さっき聞こえた叫び。意味は分かった。
「空気も……吸える」
呼吸は問題ない。体調も、今のところ異常はない。
――つまり。
「最低限、生きていける環境ではある……か」
自分に言い聞かせるように、そう呟く。
だが。
(あの中には――入れねえ)
魔王と皇帝。
あれはもう、“人間がどうこうできる領域”じゃない。
踏み込めば――確実に死ぬ。
(接触するにしても……終わってからだ)
問題は、その後。
どちらが勝つのか。
そして、その勝者が“話の通じる相手かどうか”。
(下手に近づいたら、それだけで――)
殺される。
確信に近い予感があった。
「……慎重に、いくしかねえ」
瓦礫から瓦礫へ。
音を立てないよう、少しずつ移動する。
視界の端で、光が膨れ上がる。
(……次だな)
なんとなく分かる。
あの戦いは、もう終盤だ。
次の一撃で――決まる。
(あとは、終わった直後に……)
敵意がないことを示して、距離を保って――
そこまで考えて。
「……ん?」
視線の先。
魔王の、少し後方。
戦場の端に――
一人の少女がいた。
「なんで……」
場違いだった。
完全に。
戦場の中心からは外れているが、
それでも“安全圏”なんてどこにもない。
少女は立ち尽くしていた。
逃げるでもなく、動くでもなく。
ただ――固まっている。
(足、すくんでるのか……?)
距離は、そう遠くない。
だが。
(あの位置じゃ……)
次の衝撃に巻き込まれる。
確実に。
助からない。
「……」
思考が止まる。
いや。
止まったのは、“理屈”の方だった。
(無理だ)
(間に合わない)
(俺が行っても――)
全部、分かっている。
それでも。
「……っ」
体が、勝手に動いていた。
瓦礫を蹴る。
音なんてもう気にしていられない。
一直線に、少女へ向かって走る。
「おおおおおお!!」
叫びながら、距離を詰める。
その瞬間。
「終わりだァ!!」
「――ここで終わらせる!!」
魔王と皇帝。
両者の力が、ぶつかる。
光と闇が衝突し。
世界が、弾けた。
轟音。
衝撃。
空気が、叩きつけられる。
「くっ……!!」
足が止まりかける。
それでも。
「――間に合え!!」
手を伸ばす。
少女の体を掴み。
そのまま――
覆いかぶさる。
次の瞬間。
衝撃が、来た。
――何かが、砕ける音。
骨か、地面か、それとも。
自分か。
分からない。
ただ。
凄まじい力が、体を引き裂いた。
音が消える。
感覚が遠のく。
意識が――
――暗転した。
やがて。
静寂が訪れる。
戦場は、動きを止めていた。
「……っ」
少女が、ゆっくりと目を開ける。
視界に映るのは――
見知らぬ誰か。
自分を庇うように、覆いかぶさっている。
「……え……?」
声が震える。
その人物は、動かない。
ぴくりとも。
肩から先が、大きく崩れていた。
血が流れ、地面を濡らしている。
鼓動は、感じない。
「……あ…あ…」
理解が、追いつかない。
ただ一つ、分かることがあった。
――自分は、この人に守られた。
その代わりに。
この人は――
「……なんで……」
少女の声が、かすれる。
見知らぬ誰か。
名前も知らない。
理由も分からない。
それでも。
その体は確かに――
自分を守るために、ここにあった。




