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死なない俺の使い方  作者: 鬼瓦源次郎
第一章 ぼくと魔王

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13/23

逃げろ

 異世界に来て、そろそろ一年が経とうとしていた。


 かつて地獄だと思っていた修行も、今では日常になっている。走り込みも筋力訓練も難なくこなし、あれほど嫌だった激マズ食材も、最近では普通におかわりするようになっていた。


 特にここ最近は、個人の強化よりも三人での連携を重視した実戦訓練が増えている。


 そんなある日だった。


「よし、集まったな」


 ジンが三人を呼び止める。


「これより三日後、皇帝に最終テストをしてもらう」


「皇帝に!?」


 リンが耳を跳ねさせる。


「別に不合格でも問題ねぇ。ただ、自分たちがどれだけできるか知りたいだろ?」


 ジンは笑う。


「俺とかミューズ、リュシ相手だと手の内知ってるしな」


 アキラたちも自然と表情が引き締まる。


「で、その前に最後の課題だ」


 ジンは静かに言った。


「――俺から逃げろ」


「……え?」


「つまり撤退戦だ」


 三人は顔を見合わせる。


 正直、拍子抜けだった。


「えー、今更っすか?」


 ジーコが肩を回す。


「流石にそれは余裕ニャ」


 リンも気楽そうに言う。


「僕らも強くなりましたしね」


 アキラも苦笑した。


 そんな三人を見て、ジンはふっと笑う。


「そういや、本名を教えてなかったな」


 一拍。


「ジン・ヴォルフガングだ」


 その瞬間だった。


「――では、いくぞ」


 静かな声と共に。


 ジンの“衝動”が、ほんの少しだけ漏れた。


 それはまるで。


 棚に置かれた小瓶から、僅かに香りが漏れた程度のものだった。


 蓋は開いていない。


 中身すら見えていない。


 それでも。


 三人が感じたものは同じだった。




 ――死。




 ジーコの身体が最初に反応した。


(死ぬ)


(やばい)


(逃げろ)


(仲間)


(助け――)


(逃げろ逃げろ逃げろニゲロニゲロニゲロ)


 考えるより先に、本能が身体を動かしていた。


 景色が流れる。


 地面が弾け飛ぶ。




 一方リンは。


「……ぁ……」


 動けなかった。


 恐怖で身体が硬直している。


 脳裏に蘇る。


 捨てられた記憶。


 仲間だった野良猫が捕まった記憶。


 消えていった記憶。


 助けてもらえなかった記憶。


 恐怖に耐え切れず、リンは失禁し、そのまま意識を失った。


 そして。


 アキラだけが。


 無言で、無表情のまま。


 ジンへ飛びかかっていた。



 *



 数十メートルほど離れたところで、ジーコはようやく正気に戻った。


「……はっ」


 呼吸が乱れる。


 心臓が暴れている。


 そこで初めて気づいた。


「やば……」


 血の気が引く。


「なんでウチ……みんな置いて逃げて……」


 反転する。


「戻らなきゃ!」


 地面を蹴り、全力で戻る。


 


 そして。


 


「あ……」 「あぁ……」 「……あ」


 

 視界に映ったのは。


 倒れているリン。


 そして。


 血まみれで倒れているアキラだった。


 


「あ……いや……ウチ……」


 


「みんな置いて……逃げ……」


 


 膝から崩れ落ちる。


 


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」


 


 泣きながら叫ぶジーコ。


 そんな彼女を見ながら、ジンは静かに回復魔法を使った。


 リンとアキラが目を覚ます。


「……ジーコ」


「っ……!」


 ジンが口を開いた。


「ジーコ。半分正解だ」


「……え?」


「ただ――これがお前達の弱点でもある」


 静かな声だった。


「お前のは、本能から来る逃走だ。危険察知が強すぎる」


「だから仲間を置いてでも逃げちまう」


「責めるつもりはない。こいつらの未熟さも原因だ」


「だが、お前は今後それに悩み、後悔することになる」


 ジーコは俯いたまま、唇を噛む。


「リン」


 リンの耳がびくっと動く。


「精神的な未熟さだ。圧倒的強者への耐性がない」


「魔力ゼロの影響もある。その分、メンタルを鍛えないと防げない」


「……ニャ」


「そしてアキラ」


 ジンの目が細くなる。


「お前が一番不合格だ」


 アキラが目を見開く。


「立ち向かうことは悪くねぇ。だが、お前は不死に変な自信を持ち始めてる」


「少なくとも今回、本気の撤退戦だったらリンは死んでた」


 


 アキラの顔が強張る。


 


「状況判断を怠るな。常に頭を回せ」


「お前の戦い方は、誰より自由なんだ」


「誰かを守りたい。役に立ちたい。そう言った自分の言葉を忘れるな」


 


 その言葉には、今までで一番厳しい重さがあった。


 


 三人は静かに拳を握る。


 


 そして、それぞれが決意を固めた。


 *


 帰り道。


 


(……やっぱり逃げたな)


 


 ジーコが振り向く。


 足元。


 そこには一匹のゴキブリがいた。


 


(所詮、俺たちは逃走に進化した存在だ)


(真っ先に逃げるのが正解)


 


「……うるさい」


 


(何をそんなに悔やむ?)


 


「うるさい」


 


(わかるよ。次も必ずこうなる)





        (逃げろ)




「うるさいッ!!」


「ジーコ!?」


 アキラが驚いて振り向く。


「……あ」


 気づけば。


 ゴキブリは消えていた。


 


「……ごめん。なんでもない」


 


 そう言って笑うジーコの顔は。


 少しだけ、無理をしていた。

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