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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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化け物の名前

 ミリアの拳が、最初に白衣の男へ届いた。


 鈍い音。


 男の身体が壁へ叩きつけられる。


 護衛が反応する。


 銃。


 速い。


 だが、ミリアの方が早かった。


 低く潜る。


 懐へ。


 腕を掴む。


 折る。


 短い悲鳴。


 銃が落ちる。


 そのまま蹴り飛ばす。


 護衛の身体が床を滑った。


 残った白衣の男が後退る。


「ま、待て――」


 ミリアは止まらない。


 目の前まで入る。


 男の喉元を掴む。


 壁へ押しつける。


 男の顔が青くなる。


「どこ」


 短い声。


 冷たい。


 白衣の男は震えていた。


「な、何を――」


「子供」


 握る力が少しだけ強くなる。


 男の呼吸が詰まる。


「地下の奥だ……!」


 すぐに答えた。


「まだ運ばれてない!」


 ミリアは男を見る。


 嘘かどうか。


 呼吸。


 目。


 汗。


 全部を見る。


 嘘じゃない。


 ミリアは男を離す。


 床へ崩れ落ちる。


 男は咳き込みながら後ずさる。


「お前……」


 怯えた目。


 ミリアを見る。


「本当に、生きていたのか……」


 ミリアの視線が止まる。


「……知ってるの」


 男は震えながら頷く。


「知らないはずがない……!」


 声が裏返る。


「島の報告は残ってる!

 死体の山の中心にいた少女!

 蝿に囲まれていた、生存個体!」


 羽音が響く。


 耳障りなくらいに。


 男の呼吸は荒い。


「お前は、失敗作じゃなかった……!」


 ミリアは動かない。


 ただ聞いている。


 男の目には恐怖があった。


 化け物を見る目。


 昔から知っている目だった。


「上は、お前を再現しようとしてる……!

 あの環境で生き残る個体を――」


 その瞬間。


 ミリアの中で、何かが切れた。


 島。


 死んだ子供たち。


 泣き声。


 血。


 腐臭。


 全部。


 実験だったみたいに言う。


 ミリアの指先が震える。


 怒りじゃない。


 もっと深い。


 吐き気みたいな感情。


「……違う」


 小さく漏れる。


 男が止まる。


 ミリアは俯いたまま、静かに言う。


「死んだ」


 短い言葉。


「みんな」


 声が揺れる。


 初めてだった。


 こんなふうに言葉にしたのは。


「泣いてた」


 羽音が響く。


 島の音みたいに。


「苦しんでた」


 ミリアの呼吸が乱れる。


 それでも。


 目は逸らさない。


「……あれは」


 ゆっくり顔を上げる。


「そんなものじゃない」


 男が息を呑む。


 ミリアの目。


 そこにあったのは、殺意じゃなかった。


 もっと静かなもの。


 失ったものを、忘れていない目だった。


 その時。


 通路の奥から、子供の泣き声が聞こえた。


 一瞬で、ミリアの空気が変わる。


 視線が奥へ向く。


 白衣の男が小さく呟く。


「実験室……」


 ミリアは動く。


 迷いなく。


 通路の奥へ。


 羽音が強くなる。


 まるで、何かを歓迎するみたいに。


 でも。


 今のミリアは止まらない。


 化け物でもよかった。


 蝿の王女でもいい。


 それでも。


 守りたいものが、もうあった。

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