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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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地下の匂い

 地下へ続く階段は、古かった。


 錆びた手すり。


 湿った壁。


 踏むたびに、小さく軋む。


 ミリアは先頭を歩く。


 音を殺して。


 呼吸を浅くする。


 後ろでは、タケトシが子供たちを安全な場所へ移していた。


「三分」


 短く言う。


「それ以上は離れすぎる」


 ミリアは頷く。


「……分かった」


 本当は、一人で行くつもりだった。


 でも。


 今は違う。


 守るものがある。


 だから、戻る必要があった。


 地下は暗い。


 灯りは少ない。


 白い蛍光灯が、ところどころ点滅している。


 その光の下を、蝿が飛んでいた。


 羽音。


 耳の奥にまとわりつく。


 ミリアの視線が少しだけ揺れる。


 島を思い出す。


 腐った匂い。


 積み重なった死体。


 その上で、ただ座っていた自分。


 呼吸が浅くなる。


 だが、止まらない。


 今は違う。


 ここに来た理由がある。


 階段を下り切る。


 長い通路。


 鉄扉が並んでいた。


 番号。


 管理札。


 無機質だった。


 その空気に、人間の温度がない。


 ミリアは一つ目の扉に触れる。


 冷たい。


 静かに開く。


 中は小部屋だった。


 ベッド。


 拘束具。


 点滴。


 床には乾いた血が残っている。


 ミリアは動かない。


 視線だけが部屋を見ている。


 その時。


 壁に貼られていた紙が目に入った。


 記録。


 数字。


 観察時間。


 反応。


 耐久値。


 人間を見る言葉じゃなかった。


 ミリアの指先が小さく震える。


 島で見た。


 似ている。


 子供を、人として見ない目。


 その奥。


 机の上に写真が置かれていた。


 子供たち。


 消えた孤児。


 番号が振られている。


 名前はない。


 ミリアは写真を見る。


 無意識に。


 ゆっくり。


 その紙を握っていた。


「……同じだ」


 小さく漏れる。


 誰に向けた言葉でもない。


 その時。


 通路の奥で音がした。


 靴音。


 複数。


 ミリアはすぐに灯りの影へ入る。


 呼吸を消す。


 近づいてくる。


 白衣の男が二人。


 護衛が一人。


 会話が聞こえる。


「適合率が低い」


「仕方ない。

 元々、あれは特別だった」


 ミリアの目が止まる。


 「あれ」の意味。


 身体が先に理解していた。


「島の個体とは別物だ」


 島。


 その言葉で、胸の奥が冷たくなる。


 白衣の男は端末を見ながら続ける。


「再現には程遠い」


「だが、上は諦めていない」


「蝿の王女の再現を、か?」


 その瞬間。


 時間が止まった。


 ミリアの呼吸が消える。


 耳の奥で、羽音だけが響く。


 蝿の王女。


 知っている。


 その名前を。


 ずっと。


 どこかで。


 呼ばれていた。


 白衣の男が笑う。


「死体の山で生き残った化け物だ。

 価値はある」


 護衛が低く言う。


「なら、なぜ処分しない」


「簡単だ」


 男は答える。


「完成していないからだ」


 ミリアの指先が白くなる。


 怒りじゃない。


 もっと冷たいものだった。


 その時。


 背後で羽音が大きくなる。


 黒い蝿が、一匹。


 ミリアの肩に止まった。


 白衣の男が気づく。


「誰――」


 最後まで言わせない。


 ミリアが動く。


 床を蹴る。


 一直線に。


 その目には、もう迷いがなかった。

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