実験室
通路の奥へ進むほど、羽音は大きくなっていった。
耳の奥にまとわりつく。
嫌な音だった。
地下の空気は冷たい。
湿っているのに、乾いた匂いがする。
血。
薬品。
腐臭。
全部が混ざっていた。
ミリアは止まらない。
視線は前だけを見る。
泣き声が、また聞こえた。
小さい。
押し殺したみたいな声。
そのたびに、胸の奥が重くなる。
通路の先。
大きな鉄扉が見えた。
厚い。
鍵がかかっている。
横には端末。
管理用のロックだった。
ミリアは立ち止まる。
耳を澄ます。
中にいる。
複数。
子供。
それと。
大人。
タケトシが追いつく。
「ガチガチだな」
端末を見る。
「普通には開かねえ」
ミリアは扉を見る。
その向こう。
泣き声。
苦しそうな呼吸。
羽音。
全部、聞こえる。
「……開ける」
短く言う。
タケトシが肩をすくめる。
「だろうな」
ミリアは一歩下がる。
呼吸を整える。
視線を固定する。
それから。
踏み込んだ。
鈍い衝撃音。
鉄扉が揺れる。
もう一度。
今度は深く。
蝶番が歪む。
警報が鳴り始める。
赤い光。
耳障りな音。
だが、止まらない。
三度目。
鉄が悲鳴を上げる。
扉が内側へ吹き飛んだ。
冷たい空気が流れ出る。
ミリアはすぐ中へ入る。
広い部屋だった。
白い。
異様なくらい白い。
その中央に、檻が並んでいる。
子供たち。
痩せている。
眠っている子もいる。
泣いている子もいる。
手には番号札。
名前はない。
ミリアの呼吸が止まる。
島を思い出す。
並べられた子供。
怯えた目。
減っていく人数。
頭の奥が揺れる。
「侵入者!」
奥から声が飛ぶ。
白衣。
護衛。
銃口が向く。
タケトシが叫ぶ。
「ミリア!」
その瞬間。
小さな女の子と目が合った。
檻の中。
震えている。
泣きそうな顔。
でも、声を出せない。
ミリアを見る目だけが、必死だった。
助けて。
そう言っていた。
ミリアの中で、何かが重なる。
暗い島。
泣いていた子供。
伸ばされた手。
届かなかった声。
一瞬だけ。
視界が揺れた。
羽音が大きくなる。
耳の奥で。
ずっと。
消えない。
ミリアの呼吸が乱れる。
その時。
檻の中の女の子が、小さく呟いた。
「……こわい」
その声で。
ミリアは戻る。
今。
ここ。
島じゃない。
まだ、間に合う。
ミリアはゆっくり顔を上げる。
白衣たちを見る。
目は静かだった。
でも。
奥に、冷たい怒りがある。
「……返せ」
小さな声。
護衛が動く。
銃を向ける。
だが。
もう遅かった。
ミリアが床を蹴る。
一瞬で距離を潰す。
羽音を引き裂くように。
真っ直ぐ。
檻の向こうにいる子供たちへ向かって。




