↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/198

羽音の先

 夜の港は静かだった。


 波の音だけが、遠くで揺れている。


 人気は少ない。


 灯りもまばらだった。


 廃倉庫街。


 再開発が止まったまま放置された区域。


 人が消えても、気づかれにくい場所だった。


 ミリアは建物の陰に立ち、前を見る。


 古い倉庫。


 錆びた鉄扉。


 割れた窓。


 気配は薄い。


 だが、完全に空ではない。


「いるな」


 タケトシが低く言う。


 ミリアは頷く。


「……少ない」


 見張りは多くない。


 隠している。


 そういう配置だった。


 タケトシは周囲を確認する。


「逃げ道は三つ。

 裏にも通路がある」


 ミリアは倉庫を見る。


 耳を澄ます。


 微かな音。


 鉄が擦れる音。


 そして。


 羽音。


 小さい。


 だが、聞き間違えない。


 ミリアの視線が止まる。


「……いる」


 タケトシが見る。


「蝿か?」


 ミリアは答えない。


 だが、目が変わっていた。


 島で何度も聞いた音。


 死の近くにある音。


 身体が覚えている。


 ミリアはゆっくり歩き出す。


 音を消して。


 影の中を進む。


 タケトシも続く。


 倉庫の側面。


 割れた窓。


 中は暗い。


 だが。


 見えた。


 人影。


 二人。


 黒い服。


 灰鐘。


 その奥。


 床に、小さな影がある。


 子供。


 倒れている。


 ミリアの呼吸が、少しだけ止まる。


 生きている。


 だが、動かない。


 黒服の一人が何かを運んでいた。


 箱。


 薬品の匂い。


 もう一人は端末を見ている。


「搬送は明日だ」


 低い声。


「それまでここで管理する」


 管理。


 その言葉に温度はなかった。


 物みたいに。


 ミリアの指先が動く。


 タケトシが小さく手を出す。


 止めるように。


 まだ早い。


 ミリアは動かない。


 見る。


 数。


 位置。


 距離。


 その時。


 倉庫の奥から、微かな咳が聞こえた。


 小さい。


 苦しそうな音。


 ミリアの目が奥へ向く。


 暗い。


 だが、いる。


 まだ。


 他にも。


 タケトシが低く呟く。


「想像より悪いな」


 ミリアは何も言わない。


 胸の奥だけが、少しずつ重くなる。


 倉庫の中。


 鉄の匂い。


 薬品。


 湿った空気。


 そして。


 羽音。


 黒い点が、暗闇の奥を飛んでいる。


 ミリアはそれを見る。


 昔なら。


 何も思わなかった。


 でも、今は違う。


 小さな手。


 安心した顔。


 離したくないと思った感覚。


 全部、残っている。


 ミリアは静かに息を吐く。


 目を逸らさない。


「……連れて帰る」


 小さな声だった。


 でも、はっきりしていた。


 タケトシが横を見る。


 ミリアの目は、もう迷っていない。


 守ると決めた目だった。


 その瞬間。


 倉庫の奥で、何かが落ちる音がした。


 金属音。


 黒服が振り向く。


「誰だ」


 空気が変わる。


 ミリアは動く。


 迷いなく。


 一直線に。


 羽音を切り裂くように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。