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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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消えた場所

 部屋の空気は、静かだった。


 狭い。


 暗い。


 だが、寒くはない。


 子供たちが寄り集まっているからだと、ミリアは思った。


 一番小さい子は、もう一度眠っていた。


 小さな手だけが、まだミリアの服を掴んでいる。


 弱い力。


 なのに、離れない。


 ミリアはその手を見る。


 どう扱えばいいのか分からない。


 でも。


 振り払いたくはなかった。


「……珍しいな」


 タケトシが小さく言う。


 ミリアは視線を向ける。


「なに」


「逃げないんだな」


 ミリアは少しだけ黙る。


 意味を考える。


 それから。


「……怖がってる」


 短く言う。


 タケトシは少しだけ目を細めた。


「だから逃げないのか?」


 ミリアは答えない。


 代わりに、小さな子供を見る。


 眠っている。


 安心したみたいに。


 それが少し、不思議だった。


 その時。


 入口の近くにいた男の子が、小さく口を開く。


「……いなくなったやつ、いた場所」


 ミリアの視線が向く。


 男の子は少し迷う。


 でも、話し始める。


「倉庫」


「どこ」


 短く聞く。


 男の子は床に置かれていた古い紙を取る。


 地図だった。


 街の外れの簡単な見取り図。


 その一角を指さす。


「ここ」


 港に近い。


 人も少ない場所だった。


 タケトシが地図を見る。


「廃倉庫街か」


 小さく呟く。


「最近、再開発も止まってる区域だな」


 ミリアは場所を覚える。


 入口。


 通路。


 逃げ道。


 頭の中に落とし込む。


「夜になると」


 男の子が続ける。


「変な音がする」


「音?」


「鉄の音。

 車の音。

 あと……」


 そこで止まる。


 顔色が少し変わる。


 ミリアは待つ。


 急がせない。


「……蝿」


 小さな声だった。


 部屋の空気が止まる。


 タケトシの目が細くなる。


 男の子は俯いたまま続ける。


「いっぱい飛んでた」


 ミリアは動かない。


 だが、胸の奥が少しだけ重くなる。


 蝿。


 島を思い出す。


 死体。


 血。


 腐った匂い。


 耳の奥に残っている羽音。


 忘れたことは、一度もない。


 小さな子供が寝返りを打つ。


 その瞬間。


 ミリアはゆっくり視線を落とした。


 今は違う。


 同じにはしない。


 そのために、ここにいる。


「……行く」


 静かな声。


 タケトシが見る。


「今日か?」


 ミリアは頷く。


 迷いはない。


「また消える前に」


 短い言葉。


 タケトシは数秒だけ黙っていた。


 それから、小さく息を吐く。


「休むって選択肢は?」


「ない」


 即答だった。


 でも、強い言い方ではない。


 ただ、本当にそう思っていた。


 タケトシは苦笑する。


「だろうな」


 その時。


 服を掴んでいた小さな手が、少しだけ強くなる。


 眠ったまま。


 離さないように。


 ミリアはその感触を見る。


 胸の奥が、また少しだけ痛くなる。


 でも。


 嫌じゃなかった。


 ミリアは小さな手を、そっと握り返す。


 優しく。


 壊さないように。


 その動きを見て。


 タケトシは何も言わなかった。


 ただ、静かに目を細める。


 部屋の外では、風が鳴っている。


 冷たい。


 暗い。


 その奥で。


 まだ誰かが消えている。


 ミリアはゆっくり立ち上がる。


 視線はもう前を向いていた。


 守るために。


 今度は、自分から向かう。

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