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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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届かない場所

 屋根の上。


 そこに立つ影を見た瞬間。


 空気が変わった。


 灰鐘の男も。


 タケトシも。


 何も動かない。


 動けない。


 ただ一人。


 サクだけが、楽しそうに笑っていた。


「やっと、ちゃんと会えたな」


 軽い声。


 まるで待ち合わせみたいに。


 ミリアは答えない。


 視線を外さない。


 呼吸を整える。


 前より分かる。


 圧は同じ。


 だが、前ほど見失わない。


 サクが屋根から降りる。


 音もなく。


 着地した瞬間すら、曖昧だった。


 近い。


 なのに、遠い。


「いい顔になった」


 まっすぐに、ミリアを見る。


「前は、もっと死んでた」


 ミリアの指先がわずかに動く。


 言葉に反応したわけではない。


 距離を測っている。


 呼吸。

 重心。

 癖。


 全部。


 サクはそれを見て、少し笑う。


「そう。それ」


 一歩。


 近づく。


「それが見たかった」


 ミリアが踏み込む。


 最短。


 迷いなく。


 拳を振るう。


 速い。


 今までで一番。


 届く。


 そう思った。


 だが。


 空を切る。


 いない。


 横。


 気配。


 遅い。


 ミリアは腕を上げる。


 衝撃。


 受ける。


 吹き飛ばされない。


 止まった。


 初めて。


 サクの目が、わずかに細くなる。


「……へえ」


 ほんの少し。


 楽しそうではなく。


 驚いたように。


 ミリアは下がらない。


 そのまま踏み込む。


 もう一歩。


 距離を詰める。


 連続。


 拳。

 肘。

 膝。


 止めない。


 全部、流される。


 だが。


 前より近い。


 前より、見えている。


 サクが笑う。


 今度は、はっきりと。


「いい」


 低く。


 本当に嬉しそうに。


「ちゃんと、生きてる」


 その瞬間。


 サクの動きが変わる。


 一段。


 深く。


 速い。


 ミリアの視界から消える。


 後ろ。


 いや、上。


 判断が追いつかない。


 衝撃。


 地面。


 息が抜ける。


 それでも、立つ。


 すぐに。


 膝はつかない。


 サクが少し離れた場所にいる。


 見ている。


 試すように。


「それでも、まだ届かない」


 事実だった。


 残酷なくらい、まっすぐに。


 ミリアは息を整える。


 痛い。


 重い。


 だが、止まらない。


「……知ってる」


 短く言う。


 初めて、自分から。


 サクが目を細める。


「なら、どうする」


 問い。


 試すように。


 ミリアは立つ。


 視線を上げる。


 真正面から。


「……行く」


 短い。


 それだけ。


 逃げない。


 止まらない。


 足りないなら、進むだけだ。


 サクは数秒、黙っていた。


 それから。


 小さく笑った。


「やっぱり、いいな」


 後ろで、灰鐘の男たちは動かない。


 口を挟まない。


 この場では、自分たちが下だと知っている。


 サクは振り返らない。


「回収は好きにしろ」


 軽く言う。


「でも、壊すな」


 その一言で、空気が変わる。


 命令だった。


 絶対の。


 灰鐘の男が、短く答える。


「了解」


 ミリアは見ている。


 理解する。


 あれは別だ。


 灰鐘とも違う。


 もっと深い場所にいる。


 サクは最後に、もう一度だけミリアを見る。


「次は、もっと近くまで来い」


 その言葉を残して。


 消える。


 本当に。


 何も残さず。


 静寂。


 重い沈黙。


 だが、前とは違う。


 ミリアは立っている。


 倒れていない。


 届かなかった。


 それでも。


 前より、近かった。


 それだけで十分だった。

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