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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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残る距離

 屋上の端から離れ、二人はゆっくりと歩いた。


 走らない。


 今は、追ってこない。


 そう分かっている。


 それでも、止まらない。


 少し離れた場所で、タケトシが足を止めた。


「……ここでいい」


 低く言う。


 周囲を見る。


 気配はない。


 ミリアも止まる。


 視線は前のまま。


 何も言わない。


 タケトシは壁に背を預ける。


 ゆっくりと息を吐く。


 抑えていた痛みが、表に出る。


 だが、声には出さない。


 ミリアは動かない。


 ただ立っている。


 数秒。


 何も起きない時間が流れる。


「……さっきの」


 タケトシが口を開く。


 短く。


 それだけで分かる。


 ミリアは小さく息を吐く。


「……届かない」


 静かな声。


 感情は薄い。


 だが、はっきりしている。


 タケトシは頷く。


「そうだな」


 否定しない。


 そのまま受け取る。


 ミリアは続けない。


 言葉はそれ以上出ない。


 だが、残っている。


 身体の中に。


 さっきの感触。


 止められた瞬間。


 動けなかった理由。


 分からない。


 理解できない。


 それでも、確かに残っている。


 ミリアは手を見る。


 わずかに震えている。


 恐怖ではない。


 違う。


 名前のない感覚。


 初めてのもの。


 タケトシが言う。


「差はある」


 短く。


 事実だけを。


「埋まらない差もある」


 続ける。


 淡々と。


 だが、その声は静かだった。


 ミリアは視線を上げる。


 わずかに。


「……じゃあ」


 言葉が途切れる。


 その先を探すように。


 タケトシは少しだけ間を置く。


「埋めるか」


 それだけだった。


 簡単に言う。


 難しいことを。


 ミリアは何も言わない。


 だが、その言葉は残る。


 さっきの言葉とは違う。


 重さがある。


 選択の形がある。


 ミリアは目を閉じる。


 一瞬だけ。


 呼吸を整える。


 浮かぶのは、さっきの光景。


 届かなかった距離。


 触れられなかった瞬間。


 そして。


 止まらなかった自分。


 ミリアは目を開ける。


 視線が定まる。


「……やる」


 短く言う。


 それだけだった。


 タケトシはわずかに笑う。


 小さく。


 ほとんど分からないくらいに。


「そうか」


 それだけ返す。


 余計な言葉はない。


 それで十分だった。


 ミリアは前を見る。


 もう迷わない。


 足りない。


 それは分かった。


 なら、どうするか。


 選ぶだけだ。


 その時。


 遠くで、わずかな音がした。


 エンジン音。


 まだ終わっていない。


 ミリアは視線を向ける。


 闇の奥。


 見えない。


 だが、分かる。


 続いている。


 まだ。


 タケトシが言う。


「場所を変える」


 ミリアは頷く。


 短く。


 二人は再び歩き出す。


 今度は、さっきとは違う。


 逃げるためではない。


 次のために。


 進むために。


 そのための一歩だった。

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