触れられない差
二人は走る。
止まらない。
背後の気配は消えない。
一定の距離を保ったまま、追ってくる。
詰められない。
だが、離れない。
正確に追われている。
ミリアは前を見る。
呼吸は乱れていない。
足も止まらない。
だが分かる。
このままでは、削られる。
タケトシが低く言う。
「左に曲がる」
ミリアは頷く。
角を曲がる。
狭い。
暗い。
だが、隠れられない。
足音が近づく。
速い。
同じ速度で追ってくる。
差が縮まる。
ミリアは一瞬だけ振り返る。
三人。
崩れていない。
乱れていない。
同じ距離で、同じ速さで追ってくる。
異常だった。
「……切れない」
小さく言う。
タケトシが短く息を吐く。
「想定通りだ」
迷いはない。
だが、余裕もない。
前方。
行き止まり。
壁。
ミリアは減速しない。
直前で踏み切る。
壁を蹴る。
上へ。
縁に手をかける。
引き上げる。
屋上。
タケトシも続く。
遅れない。
着地。
すぐに走る。
だが――
気配が増える。
前。
そして、上。
囲まれている。
ミリアはわずかに止まる。
視線を上げる。
屋上の端。
そこに、一人立っている。
違う。
さっきの三人とは、明らかに異なる。
軽い。
だが、重い。
矛盾した存在。
見覚えがある。
サクだ。
「……追いついた」
楽しそうな声。
余裕がある。
息一つ乱れていない。
ミリアは動かない。
視線を外さない。
距離を測る。
だが――分からない。
測れない。
今までと違う。
サクが一歩、前に出る。
音がしない。
だが、距離が消える。
近い。
さっきまでの三人とは、まるで別物だった。
「いいな」
ミリアを見る。
まっすぐに。
「ちゃんと選んでる」
ミリアは答えない。
言葉は出ない。
ただ、構える。
サクがわずかに笑う。
「でも、足りない」
次の瞬間。
消える。
気配もない。
ミリアの身体が反応する。
だが、遅い。
横。
衝撃。
身体が弾かれる。
床に叩きつけられる。
音が遅れて響く。
息が抜ける。
それでも、意識は切れない。
すぐに起き上がる。
視線を上げる。
サクは同じ場所にいる。
動いていないように見える。
だが違う。
間が消えている。
「……見えてるのに」
サクが言う。
少しだけ不思議そうに。
「触れない」
ミリアは立つ。
足に力を入れる。
崩れない。
呼吸を整える。
見る。
同じ距離。
だが、届かない。
分かっている。
それでも。
踏み込む。
最短で。
拳を振るう。
当たらない。
そのまま流れる。
サクの手が伸びる。
軽く。
触れる。
それだけで。
ミリアの身体が止まる。
力が抜ける。
動けない。
「ほら」
サクが近づく。
すぐ目の前。
「こういう差」
ミリアは歯を食いしばる。
身体を動かす。
動かない。
押さえられている。
力ではない。
別の何かで。
サクが目を細める。
「でも、いい」
小さく言う。
「まだ、壊れてない」
そのまま、手を離す。
力が戻る。
ミリアは後ろに下がる。
距離を取る。
呼吸が乱れる。
初めて。
はっきりと理解する。
差を。
サクが背を向ける。
興味を失ったように。
「今日はここまで」
軽く言う。
振り返らない。
「次、楽しみにしてる」
そのまま消える。
完全に。
気配も残らない。
静寂が戻る。
重い空気だけが残る。
ミリアは動かない。
ただ立っている。
呼吸だけが乱れている。
タケトシが近づく。
言葉はない。
だが、分かる。
今の意味。
ミリアはゆっくりと息を吐く。
視線を上げる。
何もいない場所を見る。
理解する。
まだ足りない。
全く。
それでも。
止まらない。
「……行く」
短く言う。
それだけだった。




