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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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選ぶ強さ

 静寂は、長くは続かなかった。


 空気の流れが、わずかに変わる。


 ミリアは目を開いたまま、動かない。


 見ている。

 感じている。


 同時に。


 ――来る。


 正面ではない。


 右。


 その予測とほぼ同時に、影が現れた。


 速い。


 だが、遅くはない。


 ミリアの身体が動く。


 半歩だけ位置をずらす。


 衝撃がすれ違う。


 直撃は避けた。


 だが完全ではない。


 風圧が頬をかすめる。


 熱い。


 それでも止まらない。


 ミリアは踏み込む。


 今度は測る。


 距離。

 角度。

 次の動き。


 島で覚えたものではない。


 今、ここで選んでいる。


 拳を振るう。


 影が揺れる。


 避ける。


 だが、わずかに遅れる。


 触れる。


 確かな感触。


 初めての手応え。


「……いい」


 すぐ近くで声がする。


 楽しむように。


 確かめるように。


 影が加速する。


 今までより、一段速い。


 視界から消える。


 だが、消えてはいない。


 後ろ。


 振り返らない。


 踏み込む。


 逆に距離を詰める。


 読みが合う。


 影の動きが、わずかに乱れる。


 そこへ拳を重ねる。


 当たる。


 今度ははっきりと。


 衝撃が伝わる。


 だが、軽い。


 決定打にはならない。


 それでも。


 届いた。


 ミリアの呼吸が整う。


 乱れない。


 焦らない。


 追える。


 そう判断する。


 その時。


 後ろで音がした。


 小さい。


 だが、確かに。


 ミリアの意識がわずかに揺れる。


 タケトシ。


 その一瞬。


 影が踏み込む。


 速い。


 今までとは違う。


 迷いがない。


 狙いが定まっている。


 ミリアは止まる。


 動かない。


 迎える。


 逃げない。


 拳を握る。


 選ぶ。


 守る。


 そのための動き。


 衝突。


 強い衝撃が走る。


 視界が揺れる。


 だが、崩れない。


 足は地面を捉えている。


 影の動きが止まる。


 ほんの一瞬。


 それで十分だった。


 ミリアは踏み込む。


 距離を詰める。


 逃がさない。


 拳を振るう。


 当たる。


 今度は、深く。


 影が大きく後退する。


「……はは」


 声が漏れる。


 はっきりとした反応。


 楽しんでいる。


 本気で。


「いいな、お前」


 距離が開く。


 完全に。


 だが、逃げではない。


 区切りだった。


「次は、もっと壊してみろ」


 言葉だけが残る。


 そのまま、気配が消える。


 静寂が戻る。


 今度は完全に。


 ミリアは動かない。


 呼吸だけが静かに続く。


 追わない。


 追えないのではない。


 必要がない。


 分かっている。


 あれは、また来る。


 その時は。


 もっと近くなる。


 ミリアはゆっくりと手を開く。


 わずかに震えている。


 恐怖ではない。


 違う。


 これは――


 選んだ結果だった。


「……大丈夫」


 振り返らずに言う。


 短く。


 タケトシに向けて。


 そして、自分にも。


 その言葉だけが、夜に残った。

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