見ている側
少し離れた屋上から、それは見ていた。
夜の風は弱い。
音も少ない。
だが、あの場所だけがはっきりと浮いて見える。
少女がいる。
立ったまま、動かない。
視線は一点に固定されている。
見えている。
――いや。
見ようとしている。
「……面白いな」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもない声。
だが、確かな興味が混じっている。
あの距離で、あそこまで届くとは思っていなかった。
壊すだけの存在だと思っていた。
だが違う。
止めている。
抑えている。
選んでいる。
その在り方が、余計に歪んで見える。
「中途半端だ」
だが、それがいい。
完成していない。
だから揺れる。
獣にも。
人にも。
「境界、か」
言葉をなぞるように口にする。
ぴったりだった。
あれはどちらでもない。
どちらにもなれる。
だから、面白い。
少女の隣にいる男を見る。
まだ立っている。
あれも悪くない。
壊れ方が綺麗だ。
使い方を分かっている。
「もう少し、遊べるな」
そう言って、足を踏み出す。
次の瞬間、姿は消えていた。
音も、気配も残らない。
ただ一つ。
確かな意志だけが、夜の中を移動していく。
――もう一度。
確かめる。
どこまで壊れるか。
どこまで残るか。
その境界を。
同時刻。
ミリアは目を開いた。
空気が変わる。
さっきよりも、はっきりと。
近い。
距離が消えている。
「……来る」
小さく言う。
迷いはない。
確信だった。
タケトシが動く。
その瞬間。
闇が裂けた。
今度は正面。
速い。
だが――見える。
ミリアの身体が前に出る。
踏み込む。
逃げない。
受けるのではなく、合わせる。
拳と影が交差する。
衝撃。
だが、弾かれない。
止まる。
ほんの一瞬だけ。
影の動きが止まる。
「……へえ」
すぐ近くで声がした。
驚きと、喜びが混じっている。
「今のは、いい」
ミリアは答えない。
もう一歩、踏み込む。
距離を詰める。
逃がさない。
影が、初めて後退した。
わずかに。
だが、確実に。
通じている。
ミリアの呼吸が深くなる。
恐怖ではない。
確信だった。
届く。
このままなら、届く。
影が笑う。
今度ははっきりと分かる。
声ではない。
それでも、確かに。
「いいな」
その一言だけが残る。
次の瞬間、影は消えた。
完全に。
追えない。
気配も残らない。
静寂が戻る。
だが今度は違う。
ミリアは立ったまま動かない。
さっきと同じではない。
分かっている。
あれは逃げたのではない。
離れただけだ。
また来る。
その時は。
もっと近くなる。
ミリアは、静かに拳を握った。




