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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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覚えている靴音

面会室の窓を。


 雨粒が叩いていた。


 朝から降り始めた雨は。


 まだ止みそうになかった。


 ミリアは椅子に座っている。


 ユナは机の向こう。


 けれど。


 数日前よりずっと近い。


 会話はない。


 沈黙だけがある。


 それでも。


 前とは違った。


 ユナはもう。


 ミリアがいることを当たり前のように受け入れている。


 机の上には紙コップ。


 半分ほど減った水。


 そしてパン。


 ユナは少しずつ食べられるようになっていた。


 雨音が続く。


 ユナは窓を見る。


「……雨」


 小さな声だった。


 ミリアも窓を見る。


「うん」


 短く返す。


 それだけ。


 ユナはしばらく外を見ていた。


 やがて。


 ぽつりと言う。


「……あの日も」


 少し間が空く。


「雨だった」


 ミリアは顔を上げる。


 ユナは窓を見たまま。


 指先だけが少し震えている。


「逃げた日」


 部屋は静かだった。


 ミリアは待つ。


 ユナは続けた。


「夜だった」


「寒かった」


「ずっと走った」


 言葉が途切れる。


 呼吸を整える。


 それから。


「後ろから」


 ユナの肩が小さく震えた。


「聞こえた」


 ミリアは黙る。


「靴の音」


 雨音だけが響く。


 ユナは机を見ている。


「何人も」


 掠れた声。


「近付いてきた」


 その言葉に。


 ミリアの胸の奥が少しだけ冷える。


 ユナは続ける。


「見つかったと思った」


 息が浅くなる。


「だから隠れた」


「ずっと」


「動かなかった」


 両手が震えている。


 ミリアは見ている。


 止めない。


 急がせない。


 ユナは小さく息を吐いた。


「でも」


 言葉が止まる。


 視線が揺れる。


「見つからなかった」


 安堵ではない。


 不思議そうな声だった。


「どうしてか分からない」


 ミリアは何も言わない。


 ユナも答えを求めてはいなかった。


 ただ。


 思い出していた。


 あの日を。


 雨の日の夜を。


 長い沈黙。


 窓を叩く雨音。


 そして。


 ユナがぽつりと言った。


「今でも」


 声が小さい。


「靴の音がすると起きる」


 ミリアは頷いた。


「そっか」


 それだけだった。


 慰めない。


 大丈夫とも言わない。


 ユナは少しだけ目を閉じる。


 そして。


 静かに聞いた。


「……ミリアも?」


 ミリアは窓の外を見る。


 雨。


 灰色の空。


 遠い記憶。


 死体の匂い。


 蝿の羽音。


 眠れなかった夜。


「ある」


 短く答える。


 ユナは何も言わない。


 でも。


 少しだけ安心したようだった。


 一人じゃない。


 そう思ったのかもしれない。


 雨はまだ降っている。


 窓の外も。


 空も暗い。


 それでも。


 ユナは自分から。


 あの日の話をしていた。

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