表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/131

逃げた先

翌日も、空は曇っていた。


 ミリアは面会室へ向かう。


 昨日と同じ廊下。


 昨日と同じ扉。


 けれど。


 少しだけ違っていた。


 扉の前に立った時。


 中から物音がした。


 小さな音。


 椅子が動く音だった。


 ノアが扉を開ける。


 部屋の中。


 ユナは机のそばにいた。


 壁際ではない。


 昨日より。


 ほんの少しだけ前にいる。


 ミリアを見る。


 逃げない。


 睨まない。


 ただ。


 確かめるように見ていた。


「来た」


 ユナが言う。


 小さな声。


 ミリアは頷く。


「うん」


 それだけだった。


 ユナは視線を落とす。


 机の上には水とパンがある。


 パンはまだ残っていた。


 でも。


 昨日ほど強く握ってはいない。


 ミリアは昨日と同じ場所に立つ。


 近すぎない距離。


 遠すぎない距離。


 ユナはしばらく黙っていた。


 それから。


 ぽつりと言う。


「……山」


 ミリアは顔を上げる。


 ユナは窓を見ていた。


「逃げた」


 声は細い。


 けれど。


 昨日より少しだけ続いている。


「ずっと」


「暗くなるまで」


 ノアが黙って聞いている。


 ミリアも動かない。


 ユナの指先が震えた。


「追ってきた」


 部屋の空気が少し冷える。


 ユナは俯く。


「足音」


「ライト」


「声」


 短い言葉。


 切れ切れの記憶。


 それでも。


 恐怖は十分に伝わった。


「捕まったら」


 そこで止まる。


 呼吸が乱れる。


 言葉が出ない。


 ミリアは待つ。


 何も言わずに。


 ユナは机の端を握る。


「戻される」


 小さな声だった。


 ノアの表情が僅かに硬くなる。


 戻される。


 その言葉だけで十分だった。


 ユナは顔を上げる。


 ミリアを見る。


「ここも」


 声が震える。


「同じかと思った」


 ミリアは黙る。


 違うとは言わない。


 安全だとも言わない。


 今のユナには。


 どちらも届かないから。


 ユナにとっては。


 知らない場所だ。


 知らない大人だ。


 閉じた部屋だ。


 怖くないはずがない。


 ミリアは静かに聞く。


「……怖い?」


 ユナは答えない。


 でも。


 目が揺れた。


 それだけで十分だった。


 ミリアは小さく頷く。


「そっか」


 ユナは少しだけ眉を寄せる。


 不思議そうに。


「怖くないの?」


 ミリアは考える。


 少しだけ。


 そして。


 正直に答えた。


「怖い」


 ユナが顔を上げる。


 意外そうだった。


「今も」


 短い言葉。


 それだけ。


 ユナは黙る。


 しばらく見つめる。


 怖いと言ったミリアを。


 それでもここにいるミリアを。


 理解できないものを見るように。


 ミリアは窓の外へ目を向ける。


 曇った空。


 遠い雲。


 そして。


 小さく言った。


「でも」


 少し考える。


「ここにいる」


 ユナの指先が止まる。


 昨日聞いた言葉に似ていた。


 今はいる。


 ここにいる。


 それだけだった。


 ユナはゆっくり息を吐く。


 震えが少しだけ弱くなる。


 部屋は静かだった。


 誰も急かさない。


 誰も追い立てない。


 窓の外では風が吹いている。


 曇り空は変わらない。


 それでも。


 ユナは初めて。


 扉の方ではなく。


 ミリアの方を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ