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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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名前

少女の視線は。


 まだミリアに向いていた。


 警戒は消えていない。


 信頼もない。


 それでも。


 最初とは違っていた。


 逃げようとはしない。


 睨みもしない。


 ただ。


 見ている。


 じっと。


 確かめるみたいに。


 部屋は静かだった。


 職員も。


 ノアも。


 誰も喋らない。


 壊さないように。


 この小さな変化を。


 少女はパンを握っている。


 もう半分も残っていない。


 お腹は空いていたのだろう。


 ミリアは壁にもたれる。


 少女と同じように。


 少し距離を空けて。


 少女がちらりと見る。


 それだけだった。


 でも。


 少しだけ不思議そうだった。


「……変」


 小さな声。


 ミリアは瞬きをする。


「変?」


 少女が頷く。


「普通」


 言葉を探す。


「もっと色々言う」


 ミリアは少し考えた。


 確かにそうかもしれない。


 大人たちは色々言う。


 食べろ。


 大丈夫だ。


 安心しろ。


 信じろ。


 でも。


 ミリアも聞かなかった。


 だから。


「言っても」


 短く答える。


「聞かないから」


 少女が固まる。


 そして。


 少しだけ視線を落とした。


「……聞かない」


 認めるみたいに。


 少しだけ。


 拗ねたみたいに。


 ミリアは頷いた。


「うん」


 沈黙。


 でも。


 嫌な沈黙ではなかった。


 少女は残りのパンを見る。


 一口食べる。


 それから。


 ぽつりと言った。


「名前」


 ミリアが顔を上げる。


 少女はパンを見たまま。


「知ってる」


 小さな声。


「ミリア」


 ミリアは頷く。


「うん」


 少女が少し迷う。


 指先が震える。


 そして。


 ゆっくり口を開いた。


「……ユナ」


 掠れた声。


 小さな声。


 でも。


 確かに聞こえた。


 ミリアは黙っている。


 ユナも黙る。


 数秒。


 長い沈黙。


 それから。


 ミリアは小さく言った。


「ユナ」


 呼ぶ。


 初めて。


 その名前を。


 ユナの肩が少しだけ震えた。


 戸惑っているみたいだった。


 名前を呼ばれることに。


 慣れていないみたいに。


 ユナは視線を落とす。


 パンを握る。


 そして。


 本当に小さな声で聞いた。


「……また来るの?」


 部屋が静かになる。


 ノアが目を見開く。


 職員も息を止める。


 自分から聞いた。


 初めてだった。


 ミリアは少し考える。


 そして。


 正直に答えた。


「たぶん」


 ユナが顔を上げる。


 ミリアは続ける。


「来る」


 短い言葉。


 それだけだった。


 ユナは何も言わない。


 でも。


 ほんの少しだけ。


 肩の力が抜けた。


 窓の外では風が吹いている。


 曇り空はまだ続いている。


 けれど。


 ユナの視線は。


 もう逃げる場所を探していなかった。


 ただ静かに。


 ミリアを見ていた。

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