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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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翌朝。


 空は曇っていた。


 ミリアは廊下を歩く。


 静かな朝だった。


 隣にはタケトシ。


 少し後ろにノア。


 誰も喋らない。


 面会室は建物の端にあった。


 保護対象者用の部屋。


 職員が扉の前で待っている。


「中です」


 小さな声。


 疲れているようだった。


「昨夜から何も食べていません」


「会話も?」


 ノアが聞く。


 職員は頷いた。


「ほとんど」


 少し迷う。


「近づこうとすると暴れます」


 沈黙。


 ミリアは扉を見る。


 何となく分かった。


 まだ会ってもいないのに。


 少しだけ。


 分かってしまった。


 職員が扉を開く。


 部屋は狭かった。


 窓が一つ。


 机が一つ。


 椅子が二つ。


 そして。


 部屋の隅。


 少女がいた。


 膝を抱えている。


 壁に背中を押し付けるように。


 誰にも触れられない場所を探すみたいに。


 十三歳くらい。


 痩せている。


 髪は乱れている。


 服も汚れていた。


 だが。


 一番目を引いたのは。


 目だった。


 怯えている。


 警戒している。


 信じていない。


 誰一人。


 何一つ。


 その目を見た瞬間。


 ノアが息を呑む。


 タケトシも黙った。


 ミリアだけが動かない。


 少女がこちらを見る。


 目が合う。


 一瞬だった。


 次の瞬間。


 少女はさらに壁際へ下がった。


 小さな獣みたいに。


 逃げ場を探す。


 ミリアは見ていた。


 昔の自分を。


 少し前までの自分を。


 部屋の空気が重い。


 職員が困ったように言う。


「ずっとこんな感じで……」


 少女が睨む。


 職員は口を閉じた。


 少女は誰も信用していない。


 誰の言葉も聞いていない。


 ミリアはゆっくり部屋へ入る。


 タケトシが止めない。


 ノアも何も言わない。


 少女の肩が震える。


 逃げる。


 戦う。


 そんな緊張が見えた。


 ミリアは数歩進む。


 そして。


 止まる。


 それ以上近づかない。


 少女はじっと見ている。


 ミリアを。


 まるで敵を見るように。


 長い沈黙。


 誰も喋らない。


 やがて。


 少女が小さく言った。


「……来ないで」


 掠れた声だった。


 ミリアは頷く。


「うん」


 短い返事。


 少女が少しだけ目を瞬く。


 予想していなかったみたいに。


 再び沈黙。


 職員が困る。


 ノアも困る。


 だが。


 ミリアは困っていなかった。


 知っているから。


 こういう時。


 何を言われても届かないことを。


 何をされても信じられないことを。


 昔の自分もそうだった。


 だから。


 無理に近づかない。


 無理に話しかけない。


 ただ。


 そこにいる。


 少女は不思議そうにミリアを見る。


 警戒は消えない。


 でも。


 少しだけ変わる。


 敵を見る目ではなくなる。


 ほんの少しだけ。


 ミリアは静かに言った。


「……お腹、空いてる?」


 少女が固まる。


 予想外だったみたいに。


 部屋の全員が固まる。


 ノアまで固まっている。


 ミリアだけが普通だった。


 少女は答えない。


 だが。


 視線が机の上へ動く。


 置かれたままの食事。


 一度だけ。


 本当に一度だけ。


 見た。


 ミリアは小さく頷く。


「そっか」


 それだけだった。


 説得もしない。


 励ましもしない。


 慰めもしない。


 少女は戸惑う。


 どうしていいか分からないみたいに。


 それは。


 昔のミリアも同じだった。


 窓の外では。


 曇り空が広がっている。


 静かな部屋だった。


 誰も動かない。


 誰も喋らない。


 それでも。


 少女の視線だけは。


 もうミリアから離れていなかった。

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