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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第4章 蝿の王女

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戻る場所

車が止まる。


 見慣れた建物だった。


 夜はもう深い。


 窓の灯りも少ない。


 ミリアは車を降りる。


 夜風が頬を撫でた。


 背中が痛む。


 身体も重い。


 疲れていた。


 それでも。


 嫌な気分ではなかった。


「さっさと治療しろ」


 タケトシが言う。


 ミリアは頷く。


 建物へ入る。


 見慣れた廊下。


 見慣れた匂い。


 静かな空気。


 帰ってきた。


 そんな感覚があった。


 少し前まで。


 そんなことは思わなかったのに。


 廊下の向こうから足音が聞こえる。


 ノアだった。


 こちらを見る。


 そして。


 立ち止まる。


「……無事だったんだね」


 安堵した声だった。


 ミリアは小さく頷く。


 ノアの視線が傷へ向く。


 眉をひそめる。


「派手にやられたね」


「平気」


 短く答える。


 ノアは苦笑した。


「それを平気って言う人は大体平気じゃないんだけど」


 ミリアは黙る。


 何を返せばいいのか分からない。


 ノアは少しだけ目を細めた。


 何かを見つけたみたいに。


「……変わった?」


 ミリアが顔を上げる。


 意味が分からない。


 ノアは首を振った。


「いや」


「気のせいかも」


 でも。


 そうは思っていない顔だった。


 タケトシが横を通る。


「気のせいじゃねえよ」


 ノアが振り返る。


 タケトシは肩を竦めた。


「少しは人間らしくなった」


 ミリアは眉をひそめる。


 意味が分からない。


 ノアは吹き出した。


「それ本人の前で言う?」


「聞こえてねえだろ」


「聞こえてる」


 即答だった。


 一瞬。


 沈黙。


 それから。


 ノアが笑う。


 タケトシも少しだけ笑った。


 ミリアだけが分からない。


 だから黙る。


 でも。


 不思議と嫌ではなかった。


 その時だった。


 廊下の奥から職員が走ってくる。


「いた!」


 慌てた様子だった。


 息も切れている。


 タケトシが眉をひそめる。


「なんだ?」


「緊急連絡です」


 空気が変わる。


 職員の顔は青かった。


「三日前から追っていた失踪事件ですが」


 言葉を切る。


 誰も喋らない。


「保護対象者を発見しました」


 ノアの表情が変わる。


 タケトシも真顔になる。


 職員は資料を握り締める。


「発見場所は山中です」


「保護されたのは十三歳の少女」


 ミリアは黙って聞いている。


 職員は続けた。


「保護後、一言も話していません」


 嫌な沈黙が落ちる。


「ですが」


 資料を見下ろす。


「保護した職員に対して強い警戒反応を示しています」


 ノアが小さく息を吐く。


「それで?」


 職員はミリアを見る。


 真っ直ぐ。


「上はミリアに会わせたいそうです」


 ミリアの目が少し動く。


「理由は?」


 タケトシが聞く。


 職員は答える。


「報告書にこうあります」


 一枚の紙を開く。


「――まるで以前のミリアを見ているようだった、と」


 廊下が静まり返る。


 ミリアは何も言わない。


 だが。


 胸の奥で何かが小さく動いた。


 少し前までの自分。


 誰も信じなかった頃の自分。


 人を拒絶していた頃の自分。


 職員は資料を閉じる。


「明日の朝、面会です」


 静かな夜だった。


 けれど。


 次の物語は。


 もう動き始めていた。

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