ありがとうの重さ
地下施設を出る頃には。
警報も止まっていた。
夜風が吹く。
冷たい空気だった。
ミリアは歩いている。
子供たちの後ろを。
ゆっくり。
身体が重い。
背中も痛い。
でも。
不思議と足は止まらなかった。
子供たちは保護車両へ案内されている。
泣いている子もいる。
安心したように眠っている子もいる。
ミリアは少し離れた場所から見ていた。
近づき方が分からない。
昔からそうだった。
誰かの輪の中へ入るのは苦手だった。
「お姉ちゃん」
声がした。
振り向く。
あの女の子だった。
小さな足で駆け寄ってくる。
ミリアは固まる。
どうすればいいのか分からない。
女の子は立ち止まる。
少しだけ息を切らしながら。
それでも笑った。
「助けてくれてありがとう」
まっすぐな言葉だった。
嘘もない。
飾りもない。
ただ。
ありがとうだけだった。
ミリアは答えられない。
言葉が見つからない。
胸の奥が少しだけ苦しい。
女の子は首を傾げる。
「どうしたの?」
ミリアは小さく口を開く。
でも。
何も出てこない。
女の子は少し考えて。
それから。
優しく笑った。
「また会える?」
ミリアは目を瞬く。
分からない。
本当に。
分からなかった。
だから。
正直に答える。
「……分からない」
女の子は小さく笑う。
「そっか」
残念そうではなかった。
「でも」
小さな手が伸びる。
ミリアの指先に触れる。
「会えたらうれしい」
温かかった。
ミリアはその手を見る。
少しだけ。
本当に少しだけ。
昔を思い出す。
届かなかった手。
冷たくなった手。
離れていった手。
でも。
今触れている手は違う。
温かい。
生きている。
ミリアはゆっくり息を吐く。
そして。
ぎこちなく。
本当にぎこちなく。
小さく頷いた。
女の子が笑う。
それだけで。
胸の奥が少し温かくなった。
「ミリア」
タケトシの声だった。
振り向く。
車の横に立っている。
「行くぞ」
短い言葉。
いつも通り。
ミリアは頷く。
歩き出す。
数歩進んで。
ふと振り返る。
女の子が手を振っていた。
満面の笑みで。
ミリアは立ち止まる。
少しだけ迷う。
それから。
ぎこちなく手を上げた。
本当に少しだけ。
女の子が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て。
ミリアは思う。
まだ分からない。
人のことも。
自分のことも。
生きる理由も。
でも。
前より。
少しだけ。
前を向ける気がした。
夜風が吹く。
ミリアは前を向く。
そして。
タケトシの待つ車へ歩いていった。




