表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/8

7:担当レイ

「ーーはぁ」


僕は溜息をついた。休日ぐらいゆっくりさせてよ。

こんな偶然があって良いのか。

いや、僕にとっては最悪だと断言しても構わない。


ーーー何故、何故なんだ


「何故、寺沼オマエがいるんだよ」


そう、僕の目の間には寺沼がいた。

よりにもよって花を探している大事な時に。


「あれーー?坊ちゃんじゃないですか」


ホームセンターの花屋の前でしゃがみこんで花を眺めている僕に向かって寺沼は軽くスキップするように近ずいてきた。


「やっぱ坊ちゃんは花が大好きなんだねーー」


いつもの声音でこいつは話しかけてくる。

逆にこの声を聞いたら安心する事があるのは気のせいだと信じたい。


「何でお前がいるんだよ…」


見ると寺沼の手にはビニール袋がいくつかある。

その袋に入っているマークには見覚えがあった。


「包帯でも買いに行っていたのかい?」


「そうですよー。最近身内で喧嘩好きな小僧がいたからねー、そこで残りの包帯やガーゼやら使いきったからねーー」


寺沼は坊ちゃんの事ですよと言わんばかりにジロジロと僕の顔を眺めてくる。

それにしても身内・・か。


僕は、彼らにとっては家族みたいなものなんだね。


「ずっと解雇したいって思っていたけど今日だけは礼を言っておくよ。ーーありがとう」


「きゃー照れちゃうー」


寺沼は両手で顔を覆って腰を揺らしている。

やっぱり気持ち悪いな。ーーーでも嫌な気持ちにはならない。


「そういえば、お前は僕が花が好きって事を知っていたのか?」


「それは明道を脅して聞いたんだよー。坊ちゃんの趣味を話さないとランダムで混ぜた薬を注射するぞってー」


成る程、藪医者なりの脅し方か。

これだったら流石に鈴原も話すんじゃないのか?


「鈴原には『僕は注射の針が身体に刺さらない自信があります』って言われたのー」


寺沼は微妙に上手い声真似でそう言う。


やっぱり鈴原は意地でも僕なんかを守るつもりなんだね。

僕は今日、初めてこいつらと出会えて良かったと思った。


「寺沼、今暇か?」


「暇じゃなくても坊ちゃんの頼みならきくよー。用事は終わってるけどねー」


顔は冗談を言った後みたいな感じになっているが目だけは本気だった。

そうか、寺沼オマエも僕のことを本気でーーー


「そうか、じゃあ花を探すのを手伝ってくれ」


「何の花ー?」


「ジギタリスって名前の花だよ。花言葉はーーー」



★☆★



「兄貴から連絡が来た」


俺の背筋を凍らせるのには親父のその言葉だけで充分だった。

俺の親父の兄、つまり叔父はヤクザの頭だ。


俺は今まで名字を偽って生きてきている。

法律上は今の名字が正式なのだが、隠し名字というものがあった。

ヤクザの家の者だが別のヤクザの下につかせて密偵のような役割を持った者がこの手法をとる。


だけど俺の親父は叔父と喧嘩してヤクザを辞めた。

俺はそんなヤクザの血が流れている男手ひとつで育てられた。俺の母親は親父が元ヤクザだと知ったら家を出て、それから二度と会う事はできない。


だから俺はヤクザが嫌いだ。親父に名字を変えるように頼み、南原という名字で生きてきた。前の名字が誰かにでも伝わったら生きていけない。


親父は名字が変わったことを再びヤクザのために使うようになった。

そして今、叔父から連絡が来た。決まっている。女川の事だ。


「祐輔、お前女川に大黒んとこと協力して乗り込んだらしいな」


「……はい。女川が美月を奪おうとしたから」


そう言うと親父は少し考えて、やがて合点がいったように顔を上げた。


「美月ってのはお前の女か」


「………はい」

俺はそこで『はい』をしっかりと言い切ることができなかった。美月は俺がヘタレなばかりに女川と付き合っている可能性は高い。だから…もう…。


「自分の事ばかり考えてんじゃねぇ。男ならケジメはつけろ、それだけだ」


親父はそう言うと自分の部屋に戻った。


ケジメ…ケジメか。

ヤクザの親父が言うと何故か心に響いた。

俺は自分の気持ちばかりを優先して美月も女川の気持ちも考えていなかった。女川が悪いとしか思っていなかった。



「謝ろう」


ポロリと口から出た。

そうだ、謝ろう。今度はちゃんと目を見て。


女川にも、謝らなくちゃ。俺が悪かったんだ。

佐倉陽愛のハグを拒めなかった時点で俺に美月を愛する資格なんてなかったかもしれない。


だけども…『俺は美月が好きだ』

大好きだ。俺は美月を愛している。


どんな結果が待っていても、俺は美月が好きだから。

好きだからこそ今の気持ちを伝えなくちゃいけないんだ。



ピロン♪[新着メッセージがあります]


『美月 浮気なんてサイテー。「関上」裕輔とはもう付き合えません。もう、話しかけないでください。サヨナラ』


その瞬間、俺の何かが崩れ落ちた。



★☆★



「ちょっと!陽愛!!何しているの!?」


私は信頼していた後輩、陽愛が起こした行動に驚いていた。

朝から部活をしていると、突然スマホを貸して欲しいと言ってきた。


「須藤先輩…祐輔先輩はだめですよぉ。ヤクザなんですからぁ」


「陽愛?何を言っているの?」


ガシッと陽愛に肩を掴まれた。

力が強く入れられていて簡単には振りほどけない。


「祐輔先輩の本当の名字知ってますぅ?関上っていうんですよぉ」


そう、彼女は祐輔に送ろうか迷っていたメッセージに『関上』と付けて勝手に送ったのだ。


「急いで送信取り消ししないとっ!」


私の何がそうさせたかわからない。

自分の肩を掴んでいる手を振りほどく。

そして祐輔から返信していない沢山のメッセージがある中、先程送られたメッセージを見つけて安堵した。


「良かった…。まだーーーー」


『既読』


「あっーーーーー」


急いで陽愛が勝手に送ったって送らないと!


私はいつも友達に返信する3倍ぐらいのスピードで指を動かす。


『祐輔、さっきのメッセージは陽愛が勝手に打ったの。だからまだ別れたいわけじゃない』


[メッセージを送信できませんでした。あなたはこのアカウントからブロックされています。]


「ーーっ!」


私は急いで走り始めた。


校門を抜け祐輔の家をめがけて一直線に走った。


女川と出会ってから私は女川の事ばかりを考えていた。


その理由がやっとわかった。


私はきっと女川を心のどこかで好いている。

だからきっと……祐輔と別れる権利なんて無かったんだ。


私は女川を好いているが祐輔のものでいたい。

この事をやっと認識できた。


だって…身体が震えているもん。

祐輔と二度と会えなくなる。

そう思うだけで身体全体が空気を振動させる。


私は『どんな形でもいいから祐輔と関わり続けたい』


愛の形が捻れている?

そう思われても仕方がない。


だって祐輔のことがこんなにも好きなんだから。


私はもう一度気持ちを確認して祐輔の家を目指して走り続けた。



★☆★



プルルルルルルルルルル プルルルルルルルルルル


「もしもし?陽愛、どうしたんだい?」


僕はホームセンターから花を買った後、家に帰ってのんびりしていた。

そしてら突然、陽愛から電話が掛かってきた。


『女川ぁ…ダメだったよ…。須藤先輩は祐輔の事がまだ好きみたい…。』


電話の向こうで泣きじゃくる声が聞こえた。


突然で何の事かわからなかった。

そういえば陽愛が今朝、美月に祐輔と完全に別れさせるために思いついた事があるからやってみると連絡してきていた事を思い出す。


「失敗したんだね」


大丈夫だ。

僕にもまだ案はある。


「一部始終を教えてくれるかい?」


陽愛が状況を教えてくれたらまた案を考え直そう。

失敗しても再チャレンジすればいい。


『実はーーーーー』




何て事だ。

僕の想像を遥かに超えていた。

良い意味じゃない。悪い意味でだ。


まさか陽愛がここまで暴走タイプだったとは。

付き合っていた間も時々、度を越した愛情表現なるものがあった。

例えるならば、僕が毎週祐輔に造花を送っているようなもの。


それが今、美月に対して発動した。

僕に対しては、美月の半分程度しか愛してない事がわかってたのに。


事前に防ぐ事を忘れていた。

完全に祐輔の事しか考えていなかった。


それにポロリと陽愛に『関上』の事を話してしまったのは失敗だった。

彼の家族の事は鈴原から聞いていた。


おそらくヤクザをこの世で一番嫌っているのだろう。

今朝までの僕と一緒だね。


だからこそ僕は祐輔に好感を抱いた。

ヤクザに生まれヤクザを恨む。そしてヤクザである事を知られたくない。


ずっと孤独だと思っていたこの気持ちを共感できる人物が現れたのだ。

だからこそ僕は祐輔と共に生きたいと願った。


そのためには美月は邪魔だった。

彼女は祐輔を愛している。

だからこそ彼女が祐輔の秘密を知った時が恐ろしかった。


だから遠ざけようとした。

祐輔の秘密を守りつつ、二人で共有する。

こんなに素晴らしい事はないと思っていた。


だけど今、一番恐れていて起こりえない可能性が起こってしまった。

僕は祐輔の美月に対する愛の深さを理解していた。

そして美月が祐輔をヤクザだと知った時、彼は何を思い出すと思う?


母親の事だよ。

彼の一番のトラウマは母親だからね。

祐輔は母親が出て行く前に「ヤクザの血を引いているなんて穢らわしい」と言われた。

これはヤクザ界ではとても反感を買い、殺されたんだよ。

祐輔の目の前で。


だから祐輔は誰かにヤクザと知られたらその人が母親と同じ運命を辿ると信じている。

陽愛が祐輔に名字の事を言ったそうだが、美月に夢中だから気にしていなかった。


だがその夢中になっている美月に知られたらどうなる?

美月を守るために自ら死を選ぶに決まっているさ。


自分が死ねば美月はヤクザとは何の関わりも無くなって助かると思っている。

そんな簡単な話だと思っているんだね。

敵対する家と付き合いのある一般人は40を過ぎるまでマークされ続けるというのに。


「祐輔を止めに行かなきゃ」


僕が始めた事で祐輔を死なせる訳にはいかない。

肩がけのカバンを用意して、その中にチャカを入れる。

最悪の場合、祐輔の足を撃ってでも止めるために。


僕は急いでドアを開けて廊下を早く歩く。


バイクを使うか?

いや、サツに追われたら意味がない。

ここは大人しく自転車を使うか。


ん?何だか外が騒がしいな。

まだ昼だぞ?どうせ文句言ってきた奴と揉めているんだろう。


僕は玄関の扉を開けて外に出る。


全く、自転車だけ回収して裏口からで



パンッ‼︎



★☆★



「もう……いいよな……」



俺は川にかかった橋の上にいた。


死ぬ前に勝の顔を見れてよかった。

体自体は良好で、後は意識が戻るだけらしい。


勝の側に手紙を置いてきた。

自分が自殺する経緯を書いた手紙だ。

もちろんその中には自分がヤクザの家系だって事も書いてある。


そのすぐ近くの橋で自殺するのはあまり演技がよくないものだと思う。

でもせめて、自分の命を犠牲にして勝が意識を戻すという願いもこめている。


美月は………頑張って生きろ。

俺の母親のようにならないでくれ。


「もう、身近な人を無くしたくないんだよ!」


声にでた。

自分の感情が思っていたよりも高まっていたらしい。


もうそろそろいいか…


「祐輔ぇ!お前らしくねぇな!」


突然誰かが俺の名前を呼んだ。

声が聞こえた方向を見ると、そこには先ほどまで気持ち良さそうに寝ていた顔があった。


「祐輔!」


だんだんと近づいてくる。

橋を渡るスピードは遅く、幼稚園児と同じぐらいだ。


それでも足取りはしっかりとしていて、確実に俺の元へと進んでくる。


「祐輔!」


もう一度聞こえた。


その声は、俺のそばにいてくれた、俺のわがままにいつも付き合ってくれた…



ーーーーあの、



ーーーーーーー陽だまりのような声が



足が俺の目の前で止まると同時に、その足の持ち主の体が崩れた。

俺はとっさにその体を支える。


「へへっ…、久しぶりだな。祐輔」


「勝……お前……は、何で…」


勝は俺の襟を掴み自分によせた。


「ばかやろう!!」


ゴンッと鈍い音がした。

頭と頭がぶつかった音だ。


「いてぇよ…」


俺でもそこそこ痛かったから、勝は結構痛かったんじゃないだろうか。

勝は痛みを隠しているのか痛がっている様子はなかった。


「ヤクザのくせに弱いじゃねぇか!何がヤクザだ!ヤクザならヤクザらしく須藤を取り返せよ!!」


ーーえ


「お前は手紙にこう書いたよな、『美月を死なせたくないから自分を犠牲にして美月を生かす』って」


ーーーうん


「それは最後の手段として使え!ていうか使うな!」


ーーーーだって、もうこれぐらいしか思いつかない


「なら、最後まで責任とって…須藤の隣で守ってやれよ!」


ーーーーーでも俺は美月にフラれて…


「どんな形でもいい、ただの友達としてでもいい。そんな関係でも守れるだろうが!」


ーーーーーーそうか


「だから……、だから!死ぬな!!」



俺は酷いやつだ。

友人にここまで言わしてしまって。


こいつが一番苦労していたというのに。

俺のために怪我までして…。


ほんと…


ばかだなぁ、勝は


「…ごめんな勝、心配かけて」


「良いってことよ、親友が挫けたら励ます!そして俺の株も上がる!」


勝はこう言っているが、100%俺のために動いてくれている。

前に誰かがこう言っていた。


『自分がどこに生まれたかじゃなく、誰と関わるかで人生は決まる』


その通りだ。

俺は勝と出会えてよかった。


心の底から……本当に


「そうだ、祐輔。今大変なんだ」


「ん?何が?」


「大黒の所が女川家に捕まっている人を助けようと、昼から騒ぎが起きているらしいんだ」



★☆★



パンッ!



乾いた音がした。

空気を割くような音が。


つい先日にも聞いた音だ。

そして昔から聞き慣れた音。


チャカの音。

誰が撃ってきたかはわからない。


でも見当はつく。

おそらく大黒の奴らだ。

仲間を助けようと躍起になっているに違いない。


銃弾と思わしきものが見える。

コンマ1秒ずつ視界が動いていく。


見慣れたせいか、どこに着弾するかは予想ができた。

僕の心臓あたりだ。


マグレだろうとそこに当たれば死ぬ。

これは決定事項だった。


不思議だった。

こんなにも一瞬の出来事の中で、無限にも広がるような時間が続いていく。


次第に時間が加速していって世界が暗転する。


ーーーあぁ、どうせ死ぬなら祐輔に殺されたかったな…




「大丈夫ですか?坊ちゃん」


僕を優しく包み込んだのは鈴原だった。


鈴原は一瞬で僕を玄関から遠ざけて、自分を犠牲にして僕を守る。


その姿はまるで守護神のような姿だった。


「鈴原…銃弾は大丈夫なのか?」


僕を庇った、それはつまり鈴原が銃弾を代わりに受けたということだ。


「心配しないでください、僕の体は針の一本も通しませんから」


見ると鈴原は本当に無事なようだ。


「防弾チョッキを付けているだろ」


「当たり前ですよ…。着るのはめんどうですけど仕方ありませんしね」


良かった。

鈴原にはいつもお世話になっているしね。


「坊ちゃん、外に用があるんでしょう?家は危ないですし裏口に自動車用意していますんで」


「そうだね、そうしよう。ありがとう、鈴原」


「ふっ、坊ちゃんから素直にその言葉が出てくるんですね」


鈴原は僕を何かと勘違いしていないだろうか。


言われた通りに裏口に行くと自動車があった。

運転手の明道に祐輔の家の近くに行くように言う。


大黒は僕自体には今は興味がないらしく、追ってくることはなかった。

車に乗っていると走る美月の姿が目に入る。


「ここで止めてくれ、後はもう大丈夫だ」


明道にそう言うと、自動車を降りた。


そして、美月が走っていった方向に僕も走り始める。



気がつくと僕は橋の上に来ていた。

目の前には美月と…北岡、そして祐輔がいる。


橋の上の時間がゆっくりと、進み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ