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8:担当レイ

「女川!とりあえず一発殴らせろ!」 


橋の上の沈黙を破ったのは、北岡勝だった。

僕は祐輔以外に殴られる気はないが感謝をする。

これが修羅場というものか、なるほど大変だ。


「君に殴られる道理はないと思うけど?」


「俺の親友ダチを傷つけた!主に精神的に」


「それだったら傷つけられた祐輔に殴る権利があるんじゃない?」


北岡は一度考えて、


「……..確かに!」


と納得する。

その一言で場の空気が和らいだ気がした。


「あの…祐輔、メールの事なんだけど..」


「美月ストーップ」


いい感じに切り出そうとしていた彼女の話に割り込む。まだ肝心な問題が解決していない。

ここからは順序が大切だ。

僕の望む結末へ辿り着くための順序。


★☆★


祐輔のことが好きで始めた。

他人の気持ちなど一切考えずに、道具として扱った。鈴原や寺沼も道具の一部。全て祐輔に見てもらうためだけの努力。


考えが少し変わったのはいつだろう。

美月や陽愛と関わって、他人の気持ちを知りたいと思った。それは自分の計画のためだけだと己に言い聞かせた。


自分の感情を殺し、ただ一つの目的のために動く機械。だがその機械は動く前から壊れていた。愛に忠実に動いているつもりが動かされていた。


僕に『僕』を認識させたのは家族あいつらだ。僕が望む本当の愛の形を教えてくれた。


ーーーだから


ーーーーー僕が今すべきことは


★☆★


美月の行動を止めるのは容易かった。

自分の携帯を見せる。

この動作だけで時間が止まったかのようになった。


「美月、これなーんだ?」


僕は煽るように携帯を振る。


「うっ…」


彼女は微かな呻き声しか出せなかった。

それもそうだろう。この中には美月が僕に逆らえない理由がある。


たった一枚の写真。それは時には一生の思い出となり、時には人の一生を歪める。


「祐輔….、これで美月を脅してるって言ったらどうする?」


「っ!」


祐輔の顔が歪む。

この反応は期待を裏切られる時のそれだ。

祐輔は、本気で僕と美月が愛し合っていると思っているだろう。実際の関係を知ったらどれだけ怒るだろうか。見てみたい気もするが、僕は祐輔をいじめたいわけじゃない。


「おっと」


……ザポン。


「「え」」


「あぁ、川に携帯を落としてしまったよ…。困った。データもバックアップとってないし…。新しいのを買いに行くか」


僕は迫真の演技をしたつもりだったが、何故か白い目で見られている。


動揺が恐怖に勝ったのか、美月は小声で話しかけてきた。


「女川…どういうこと?」


「僕の狙いは君じゃない。祐輔だからね。この意味わかるよね?あの夜、君と僕は本当・・に寝ていただけなんだ」


僕はそう小声で教えてあげる。

他の人に聞こえたら大変だからね。


「熱愛な君達を見ていたら嫉妬してしまってね。つい悪戯をしてしまったんだ。少しは申し訳ないと思っている。お互いに誤解があるようだからきちんと話し合ったら?元凶は僕なんだけどね」


「え、ちょっと..」


祐輔が途中から解説を求めているが、僕は止まらない。


「そういうことだからね、僕は新しい携帯を買わなくちゃいけないんだ。だからもう行くよ、バイバイ」


全て言い切って、祐輔たちに背中を向け歩き始める。後ろで祐輔と美月がお互いの誤解を解いている声がする。僕はそれに安堵と少しの寂しさを感じて歩き続ける。


これでしばらくお別れだ、祐輔。

家族あいつらのためにも大黒と決着をつけないと。

これは僕の決意。

昔の僕から見れば別人のようだろう。だけどそれだけの事を経験した。

この先何が起きるかわからない。

それでも家族あいつらとなら......



それは橋を渡りきる寸前だった。


「女川!またな!」


祐輔の声がする。

どんな心境の変化だろう。

祐輔は間違いなく僕を恨んでいる。

恨んでいたはずだ。

僕が反省したように見えたのだろうか。

実際、反省しているけども。


真実は本人にしかわからない。

そう、僕のこの気持ちも僕にしかわからない。


「あぁ…」


吐息がもれる。


「あぁ...」


もう一度。


「あぁ...なんて……。なんて幸せそうなんだ」


祐輔が初めてくれた、自分への憎悪以外の感情。

その言葉は僕を泣かせるには十分だった。


鏡があれば自分の顔を見てきっと笑うだろう。

それほど今の僕は泣いていた。



★☆★


「もう日が暮れたか」


泣き顔を家族あいつらに見せるわけにはいかず、公園で時間を潰していた。


「さて、陽愛にも謝っておくかな」


公園の近くの公衆電話のボックスに入り、握りしめていた小銭を入れる。

僕は陽愛の携帯の番号を打っていく。


「….69っと、出るかな?」


ちゃんちゃん♫ちゃんちゃん♬


後ろから音が聞こえる。


「『もしもし?』」


左耳に当てている受話器の声が右耳からも聞こえる。


「陽愛っ!?」


「ひははっ」


奇怪な声とともに刃物が振り下ろされる。


「…..」


「聞こえないよ?これが血?ねっとりしてるねっ!」


再び刃物が振り下ろされる。


電話ボックスは大量の赤に染まる。

それはあまりにも静寂な一時だった。


★☆★



「祐輔っ、おはよう!」


「美月、おはよう」


美月との和解から1週間が経った。

お互いの誤解は解け、前と同じ…..いや、前よりも関係が良くなっている。

女川に対してはどう接していいか迷っている。

反省していることは伝わったけれど、許すこともできない。


幸い、あれから女川は学校に来ていない。

それと同時に造花も家に届かなくなった。

陽愛ではなく、女川が造花を送っていたのだろうか。

美月によると花屋の店員をしていたらしい。


そんな俺達が女川の『死』について知ったのは朝礼の時だった。

通り魔に女川は殺されたらしい。犯人は逮捕済だという。

女川と大黒のとこは和解しているみたいだから、ヤクザ関連では死んでないと思う。だが殺された。

いい思い出はあまりないが、それでも思うことがある。結果論で言えばあいつのおかげで美月とさらに親密になれた。


女川と普通に仲が良かった生徒もいたみたいで、そいつらに女川の墓の場所を教えてもらった。

墓が立つのは早すぎないかとも思ったが、ヤクザならそれくらいできそうだな。


美月は流石に遠慮した。

一緒に墓参りしようと思ったけど、女川にはいい思い出はないからな。


寺の中にない墓地を霊園というらしい。

その霊園に足を運ぶ。この辺の道は時々通るが、霊園は街の風景に溶け込んでいて気にならなかった。


少し奥の方に行くと、女川の墓があった。

お供え物は無く、少し寂しい。

すぐそこの商店街に花屋があったことを思い出す。


「花ぐらい添えてやらねぇとな」


★☆★


「いらっしゃ….いませー」


変な挨拶をした店員に俺は欲しい花があるかどうかを聞く。


「百日草ってありますか?」


「ありますけど、お参りですか?」


「はい、友達に送りたくて…」


「亡くなられた日から49日経っていない場合は、白い花を添えるのが一般的です。ですので白菊なんてどうでしょう?花言葉は愛情、真実、健気な姿などありますよ」


そうだったのか。あいつに合う花言葉は『真実』かな。最後に、真実を伝えてくれた事を感謝したいからな。


「じゃあそれでお願いします」



★☆★



「坊ちゃん、血のり袋補充しときましたよ」


タンスを整理してる鈴原が声をかけてくる。


「ありがとう。それで、大黒との交渉はうまく運んだかい?」


「仲間の医者に手を回して坊ちゃんを死んだことにするのは簡単です。それを知った大黒の態度はかなり緩んでいました。ですから仲間を返すことで『貸し借り無し』ということに」


「それは良かった」


他にまともな医者が仲間にいるのかよ。寺沼と交換してくれないかな。


「で、本当にあの女は生かしておいて宜しいので?」


あの女とは彼女の事だろう。

つい先日、公衆電話ボックスで襲ってきた佐倉陽愛。


「元々僕のせいだからね。彼女は悪くないさ」


「まぁこの町には二度と近寄れなくしときました」


「めんどくさがりなのに、そういう事はきっちりしてるなぁ」


あの夜、切りかかってきた陽愛を気絶させて後片付けを頼んだ。

僕?もちろん無傷だよ。これでもこの家で鍛えられていたんだ。

男ならまだしも、女の子相手に負けないさ。

ただ血のり袋の液体が思っていたよりも威力が大きかったな。


「あ、そうだ。祐輔が僕のために花を買ってくれたんだよ!?」


「もう会えないかもしれないのに元気ですね」


「それはそうだよ。生きていてくれるだけで幸せなんだ」


「ふっ…」


鈴原がまるで子供を見るような目で見てくる。

実際子供なんだけど。


「例のブツは今頃届いていますよ」


「寺沼と同じ花をまた買いに行くとは思っても無かったな」


切った花の寿命は1週間ほどだから仕方なかったけど。



★☆★



郵便物が届いた。

俺はドキッとしたけれど、いつもの曜日、時間、箱の大きさからありえないと思った。


でも箱には俺宛の文字、そして見慣れた筆跡。

恐る恐る箱を開けると花束と、別の花が1輪入っていた。


「百日草….」


1輪の花は百日草だった。

花言葉は『不在の友へ』『別れた友への想い』など。


俺はとっさに花屋の店員を思い出す。マスクをしていて顔はよく見えなかったけど聞き覚えのある声だった。美月は花屋の店員をしていたと言っていた。


「という事はやっぱり……」


そして俺は鮮やかな紫色の花束を取り出す。



★☆★



「『別れた友を想う』…。最後に僕の気持ちを受け取ってくれ」



花言葉は『熱愛』



僕の胸を焦がし続けた君に送ろう



受け取ってくれ、祐輔



『君にジギタリスの花束を』

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