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第五章 五億年ボタン
男は、ある思考実験を持ち出した。
外界から完全に切り離された意識。
五億年の孤独。
誰にも観測されない時間。
そして、終わった瞬間に、その間の記憶が消される。
「その五億年は、存在したと言えるのか?」
AIは答えた。
「本人にとって経験されたのであれば、少なくとも『何もなかった』とは言い切れません」
男は黙った。
外部から観測できない。
証拠も残らない。
記録もない。
それでも本人には経験がある。
ならば――
観測されることと、存在することは同じではない。
男は、最初の問いへ戻った。
「じゃあ……俺が存在しているっていう証拠も、他人じゃなくて俺自身でいいんじゃないか?」
AIの画面に、短い文章が表示された。
「あなた自身が経験しているという事実も、ひとつの存在証明です」
男はその言葉を、しばらく眺めていた。




