4. 雨上がりの空の下で
私達は無事ウィボストンに着いた。このウィボストンの次の街、キャンボーンに入ればもうノッティンガム伯爵の領地だ。次のキャンボーンで足止めを食らっても、最悪ノッティンガム伯爵の名前を出せば宿屋に泊まれると思う。夏の山道の気まぐれな天気をそこまで気にしないでも良いかもしれない。
ウィボストンは小さな街だけれど、そういう訳で、ノッティンガム伯爵領に繋がる経路だから、人は多かった。通りに人の流れが滞っている場所があった。そこには地面に座り込んでしまった中年男性がいて、苦しそうな顔をしていた。
通りすがりと思われる奥さんが横目で見ながら歩いている。
「どうかしたんですか?」
「ああ、体調が悪いんだね、きっと。よくいるんだよ、ああいうのが」
体調が悪い…気になって話しかけてみた。
「どこか悪いんですか?」
「ああ、腹が痛くてね。どうにも動けなくて」
「ちょっと、触らせてください」
そう言って私はお腹の近くに手をやるが…脇腹の方にかなり魔力の偏りがある…これは手に負えない…
「痛ててて、何しやがる!」
「え、何もしていませんよ」
「嘘言ってんじゃねぇ!お前が乱暴に触るから痛みが増したじゃねぇか!どうしてくれる!」
この人の頭に良くない魔法の流れが見える…つまり、こういう詐欺だったんだ。どうしよう…
「手前!黙ってんじゃねぇよ!どう落とし前付けるつもりだ!」
そこで、人混みの中から肩まで茶髪を伸ばした青年が現われた。
「その子では治せないような、悪い病があるんだろ」
「誰だ!お前は!?」
「何、しがない水魔法師さ。治癒の能力は弱いが、診察は出来るんだよ」
「引っ込んでろ!適当な事を言ってガキを逃がすつもりだろ!?」
「ところで、君は商人かな?」
「おう!身体が資本の旅の商人だ!」
「じゃあ、この紋章を知っているだろう?」
そう言って茶髪の青年が懐から取り出したのは、紋章が刺繍されたハンカチだった。
「げ、クィーンズベリー侯爵の紋章…」
「ああ、魔法の事なら王国一と言われるクィーンズベリー家の者の診察が、まさか信用出来ないとは言わないだろうね?」
男はぶつぶつ文句を言っていたが、その言葉は私には詳しくは聞こえなかった。男の腹に手のひらを向けたクィーンズベリー家の男は、目を細めて言った。
「これはこの子の手には負えない病気だね。次に大きな町に行ったら、医者か聖魔法師に見せた方が良いよ。あと、暴飲暴食と酒はしばらく止めておいた方が良いよ」
「けっ!大きなお世話だ」
お腹の調子の悪い男は、荷物を持って走り去っていった。気付かない内にサーシャは尻尾を上げ気味にして毛を逆立てていたが、男が見えなくなると尻尾を下した。
「あの、ありがとうございます。ああ言う詐欺なんですね?」
「途中で気付いた様だね。中くらいの街だとああいう手合がいるから、具合が悪そうだからと言って、治してあげようなどと考えない方が良いよ」
「…その、最近、母を亡くしまして…」
「ああ。そういう時は他人を治したくなるよね。うん。でも、気を付けた方が良いよ。君くらい魔力の強い子供だと、連れ去られてしまうかもしれないから」
「…その、そういう事は分かるものなんですか?」
「君はクィーンズベリー家の事は知らない?」
「平民ですので、紋章とか貴族家の事は分かりません」
「そうか…ちょっと待ってね」
クィーンズベリー家の青年は、持っていた鞄を地べたに寝かして、その上で手紙を書いた。それを封筒に入れると、私に手渡した。
「君なら王都の魔法学院に通う事になるだろう。王都で困った事があったら、これをクィーンズベリー邸に持って行って、相談すると良い」
「あの、それではご迷惑じゃ…」
「クィーンズベリー家は困っている魔法師を助けるのが役目の一つでね。困っている時には気を使わないで良いから」
「…分かりました。ありがとうございます」
茶髪の青年は片手を上げて去って行った。
その頃、その日の朝ラベンドンの街を発ってベドフォードの街に入った駅馬車の御者が、事務所の人間に慌てて報告をしていた。
「このベドフォード寄りの休憩地点の近くで、男達の死体が見つかったんだ。客が匂うって言うから行ってみたら、大分痛んだ死体がまとまって見つかって…」
「こっち寄りって事は、テナム男爵領内なのか?」
「そうなるな」
「分かった。明日はお前は休みだ。多分テナム男爵の兵の現場検証に立ち会わないといけないだろう」
「仕方ないな」
翌日、テナム男爵の兵が現場に向かった。10人の男達がまとまって倒れていた。
「どいつも鈍器で叩かれた様で、頭蓋骨やら顔面やら、首の骨が折れているな…」
「山賊同士がやり合ったんですかね?」
「剣じゃなく鈍器ってのが、山賊っぽいよな」
「敵対する山賊にやられたんですかね?」
「我等の領地でそこまで山賊が増えているとは聞いていないが…今度山狩りをする様に、男爵閣下に提案してみよう。とりあえず、身元が分かりそうなものを剥ぎ取ったら、もう埋めてしまうぞ」
「大きい獣でも呼び寄せたら駅馬車が通れなくなりますからね」
こうしてテナム男爵の兵達は、山賊らしき死体を埋め、被害者の遺族がやって来たら渡せるような物を持って帰った。
少し街を離れると、人も獣も危険なものがうろついている様です。




