2. ラベンドンからベドフォードへ
ラベンドンの朝は、サーシャが籠をひっかく音で始まった。
「待って、サーシャ。朝ご飯をお願いしてくるから」
サーシャは私について行きたがったけれど、宿屋の食堂などを猫がうろつくのは嫌がられる。だから精一杯背中を撫でて、頭を撫でてなんとか宥めた。
「ああ、早いね。お腹が空いたかい?」
「私じゃなくて、猫が…」
「なるほどね。じゃあ、ちょっと待って。トレイに猫の分も載せてあげるから」
朝食はスープとパンだった。サーシャの分は汁が少な目のスープだった。
「サーシャ、これ」
サーシャ用のスープ皿を地面に置く。ベーコンと千切りにしたキャベツと細く切ったニンジンが入っている。くちゃくちゃと咀嚼する音が聞こえる中、私も自分の朝食を食べる。
スープは私達の街の宿屋のスープより塩気が無かった。私のスープには芋と玉ねぎも入っていた。猫用は別に作ってくれたのだろう。ありがとう、女将さん。
「お世話になりました」
「ああ、気を付けて行くんだよ」
宿屋で支払いを済ませて出かける。
ラベンドンの街まではダドリー男爵領だけど、今日の終点のベドフォードはテナム男爵領になる。領を出る手続きはダドリー男爵の執事に渡された手紙で代用できると聞いている。
駅馬車の事務所でその事を告げると、事務所の人が手紙を開けて、確かめた。
「なるほど、手続きを行った上、男爵閣下に連絡する様に書いてある。処理はしておくよ」
「はい。お願いします」
今日も幌馬車の荷台に置かれた木箱に荷物を入れ、その上に座る。座った私の太腿の間のスカートの弛みの間にサーシャを乗せて、馬車の発車を待つ。
今日は少し空が薄暗い。雨が降っても幌があるから濡れないと思うけど、道がぬかるむと馬車が進まなくなってしまう。
かぽかぽと馬が歩む音がする。道は綺麗に平らになっている訳ではないから、馬車の荷台はがたがた揺れる。サーシャは丸くなっているが、寝ている訳ではなさそうだ。馬車の揺れを警戒しているのかもしれない。
午前中の休憩で、お花摘みに行く。一応囲ってあるけれど、溝が斜めに掘ってある垂れ流し式だ。まあ、壺にするより捨てる手間がないだけ良い。
お昼の休憩では一応井戸がある為、水が飲めた。本来は馬用の水だろうけど。サーシャには干し肉を与える。咀嚼音がうるさいけど、周囲の客は文句は言わない。田舎道の途中の馬の休憩所だから、嫌なら遠くに移動すれば良いのだ。私とサーシャもベンチでうつらうつらし始めた頃、御者が出発を告げた。
午後は緩い坂道を下り始めた。田舎貴族の多くは山や川が領地の境だから、もうテナム男爵領に入ったのだろう。そして午後の休憩時には、空が大分暗くなり始めた。厚い雲がかかって来たんだ。それでも馬は休めないといけないから、しばらく休憩になっている。
空が暗いだけでなく、ここはなんとなく雰囲気が悪い気がする。サーシャが人気の無い方に歩き始めた。迷子になるといけないから、私も付いて行く。
木の陰で、汚れた服を着た男達が武器を持って集まっていた。10人はいる。
「おう、ガキ、運が悪かったな。こんなところに散歩に来なければ、客のみんなと一緒に死ねただろうに」
「お頭、先に死ぬか後に死ぬかで、死ぬには違いねぇから運も何もないだろ?」
「違ぇねぇ」
男達はぎゃははと笑った。私の足元ではサーシャが私の足に身体を付けて来た。
「ガキとは言え女だ。最初に犯してやるよ。どうせ死ぬんだから良いだろ?」
「泣き声も上げられないぐらいボロボロにしてやるよ。その後に首を切り落としてやる」
なら、私としては言う事は決まった。
「ふーん…じゃあ、正統防衛だね。水・集・氷・打」
私とサーシャは間もなく停車している馬車に戻った。
「ああ、いいところに帰って来た。もう出発するから、呼びに行こうと思ったんだ」
「すいません。ちょっと猫が歩きたがっていたので」
「ああ、間に合ったから良いよ。じゃ、すぐに乗りな」
「はい」
サーシャを抱っこして、木箱の上に座った私の太腿の上に降ろす。両手で落ちない様に抱えると、手綱が馬の首を打つ音がして、場所が走り始めた。ベドフォードの街が見える頃になっても、まだ雨は降っていなかった。だから私とサーシャは濡れる事無く宿屋に入れた。
短縮詠唱です。




