9・サシャと私 2
近くまで来た冒険者の方を見たら驚きました。
「セタ君ではありませんか」
「え……? あ、フィリア様」
「お仕事ですか?」
「あ、はい。 休みにはなるべく学費を稼いでおこうかと思っていますので」
セタ君は偉いですね。
でも、セタ君の目はサシャに向いたままでした。
「セタ君? どうされたのですか?」
「……フィリア様、こちらの方は?」
セタ君はサシャから目線を離さずに語りかけてきました。
「サシャですか? サシャは私付きのメイドですよ」
今の話を聞いていた周りの方達から声が聞こえてきました。
「嘘だろ……」
「え? 女豹がメイド?」
「どういう心境の変化なの?」
サシャが周りを見渡すと静かになってしまいました。
「フィリア様付きのメイド……ですか」
よく見ると、セタ君が、少し震えています。
ご病気かしら。
無理はいけませんよ。
私付きのメイドという事を、わかってくれたみたいで、剣の柄に置いていた手を離しました。
「フィリア様も、ここでパンを買われるのですか?」
「はい、美味しそうな香りに誘われてきました」
セタ君が微笑を浮かべ、教えてくれました。
「ここ、チャーニの実家のお店ですよ」
「まぁ! それは楽しみですわね」
まさかチャーニさんのお家だったとは。
確か自己紹介の時に言われていました。
「ところでセタ君はここでお仕事をなさっているのですか?」
「え? あぁ、依頼で列の警備です。 この店、休日になるとお客さんで混み合うというので。 それに、最近はここも物騒になってきてるので」
「そうなのですか」
「俺、チャーニに知らせておきますよ。 フィリア様が来てるって」
「お気遣いは無用ですよ」と言おうとする前に、セタ君は走って行ってしまいました。
「行ってしまわれました」
「お嬢様、彼はご学友で?」
「はい! 大切なお友達の一人ですわ」
そうです、今日の楽しさで忘れてしまいそうですが、悪役令嬢としてのお友達をたくさん作るのです。
――店内に入ると芳醇なパンの香りに包まれます。
そこへ一人の女性店員の方が話しかけてきました。
「いらっしゃいませ。 フィリア様」
女性をよく見ればチャーニさんでした。
「チャーニ、お友達か? なら、休憩がてらご飯食べてこい」
「いいの? お父さん」
「ああ」
「フィリア様、と……」
チャーニさんはサシャを見ています。
「チャーニさん、こちらは私付きのメイドのサシャですの」
「え? メイドさん?」
「はい。 今日はお休みですのでサシャとお出かけしていたのです」
「あ、どうもチャーニと申します」
チャーニさんはサシャにお辞儀をして挨拶をしました。
「これはご丁寧にどうも。 フィリア様付きメイドのサシャと申します」
サシャもチャーニさんにお辞儀をします。
「フィリア様、もしよろしければ上で食事なさいますか?」
チャーニさんの申し出に私は嬉しくなり、
「ご迷惑でなければ」
笑顔で答えました。
私とサシャはパンを選び、お金を払ってからチャーニさんに二階へ案内してもらいました。
サシャの申し出により、チャーニさんから見た私の授業態度や学園内での様子を聞くことになり、サシャは真剣にチャーニさんの言葉を受け止めていました、
時折眉がぴくりと動いていた時もありましたね。
そんな楽しい時を過ごしていると、
ガタンッ!
下から物凄い音と振動が伝わってきて、
次に怒鳴り声が聞こえてきました。
チャーニさんが慌てて下へ駆け降りていき、私たちも後を追いました。
そこには倒れているセタ君と、同じ依頼を受けたであろう冒険者の方が、入り口にいる三人の悪そうな人たちと向き合っています。
サシャがチャーニさんのお父様のところは寄っていき、「彼らは?」と尋ねました。
「あいつらは、最近この辺りに住み着いた悪党だ。 所場代寄越せと嫌がらせをしてくるな」
「彼らが……そうですか」
サシャがチャーニさんのお父様からお話を聞いて、何か納得といった感じで向き直りました。
「お嬢様、少々用事ができましたので、こちらでお待ちして頂いてもよろしいですか?」
サシャが本気で怒っています。
私にはわかります。
「はい」
今のサシャに冗談は通じないですわ。
「そこ! さっきから何ぶつぶついったやが……ぐふっ!」
サシャがいつの間にか、口うるさい方の襟首を掴んで持ち上げていました。
「ここはパンを売っているお店です。 その汚い口でバイ菌を飛ばさないでください」
そのまま片手で絞め落としてしまいました。
「てめー! 何しやがる!」
「……ゴミ掃除ですよ」
殴りかかってきた男性のお腹に、膝蹴りをして一歩下がり、前屈みになった男性の首に手刀を当て、だまらせてしまいました。
残るは後一人です。
「て……てめぇ……俺たちをここまでコケにしやがってただで済むと思うなよ! 仲間を呼んでテメーを八つ裂きにしてやる!」
最後の一人がそういうと、
「今から行きましょう」とサシャが言いながら男性の足の自由を奪いました。
「お嬢様、少しこの場を離れますのでここでお待ちください」
その言葉を残し、男性を連れて行ってしまいました。
「フィリア様、サシャさん大丈夫なんですか!?」
チャーニさんが心配してくれています。
「大丈夫ですよ。 サシャはあれで凄く強いですから」
セタ君たちや他の冒険者が倒れている二人を縄で縛り付け、王都の警備兵を呼びに行ったりして、時間が過ぎていきます。
「お待たせしました、お嬢様。 ただいま戻りました」
汚れ一つ付いていないお洋服。
涼しい顔をして私のそばで立ち止まります。
「もう、大丈夫なのかしら?」
「はい。 彼らの根城は潰しておきました。 それと、モンティーレ家にも連絡は入れてありますので心配には及びません」
「ありがとう。 サシャ」
後のことはサシャが説明をしてくれました。
先ほどの悪漢たちのこと、しばらくの間、警備が強化されることを。
私とサシャは、チャーニさんと別れて学生寮へと戻るのでした。
戻る最中、サシャが立ち止まり、ある場所を一度眺めてから歩きはじめました。
私もサシャの見た方へ顔を向けて見ると、
そこには孤児院がありました。
孤児院では小さなお子様たちがお外で遊んでいます。
そして気づきました。
孤児院の屋根の上に、我がモンティーレ家の紋章が入った旗が掲げてあるのを。
私は、我が家が孤児院に関係していることは書いたことがありません。
サシャはこのことを知っているのでしょうか?
お父様も知っているのでしょうか?
どちらにせよ、あのサシャが知らないわけありません。
いつの日か、サシャの口から教えてくれるまでは黙っておきましょう。
私はサシャの後ろ姿を見ながら寮へ帰りました。
朝日が部屋の中を優しく包み込む中……
「お嬢様! いつまで寝ているおつもりですか! 授業に遅れますよ!」
「ふぇ?」




