7・暴走マイク様
「これは、お嬢様のご学友でいらっしゃいますか」
なんだろう。
このメイド、かなりの美人なのだが、その目は獲物を見定めているような鋭さがある……。
そのなんとも言えない時間が過ぎていくかと思ったが、再び扉が開いてフィリア君が戻ってきた。
「あら、サシャ。 どこへ行っていたんですか?」
サシャと呼ばれたメイドはフィリア君の方を見もせず僕の方をじっと見ている。
「……お嬢様、こちらの美しい女性はどちらからお連れなさったのですか?」
「ああ、ランディル殿下のことですね」
「ランディル……殿下? どこかで聞いたことがある名前ですね」
メイドは腕を組みながら首を傾けてから、ハッと顔を上げて手を叩いた。
「お嬢様もご冗談が過ぎますよ。 ランディルといえば王弟殿下のことではないですか。 こんな可愛らしい女性が男性なわけないじゃありませんか。 ああ、そうですか、演劇の為の練習で他の方を連れてきたのですね」
「違いますわ! ランディル殿下も何か言ってください!」
……仕方ないな。
「そこのメイドの君、確かサシャとか言ったか。 フィリア君の言ったことは本当のことだよ」
メイドは一旦動きを止めて僕とフィリア君を交互に見てから……。
フィリア君の鼻の頭をグリグリと押し始めた。
「二人とも、私をからかっているのですか? いけませんね」
なんなんだこのメイドは。
普通のメイドは主人にこんなことはしないぞ。
「ふぇぇぇ! 殿下助けてくださぁぁい!」
このメイド、言葉じゃダメだ。
僕は脱いだ衣類から王家の紋章を取り出した。
「これなら信じてもらえるだろうか」
この時ようやくメイドの動きが止まり、「本物ですか?」と言ってきたので、僕は頷いた。
メイドは僕の近くに寄り、じっくり見てから別の部屋に行くと……。
ドスンッ ドスンッ
と、何かを叩いている音が響いてきた。
音が鳴り止むと同時にメイドが戻ってきた。
「失礼しました」
なんの音なのか、怖くて聞けない……。
メイドは手に箱を持ってきていた。
「折角なのでメイクも施してみましょう」
「何を言っているんだ君は」
「メイクをすると言いました」
僕は椅子から離れようとしたが、メイドの手を振り解けずに、座らされた。
「な! 放せ!」
「もう終わりましたよ」
嘘だろ! いつの間にメイクしたんだ!?
メイドは手鏡を僕に見えるように差し出した。
「え? 誰? この可愛い子は……」
僕は思わずこぼしていた。
「ランディル殿下、凄く素敵ですわ!」
僕は鏡に向かって、右を向いたり左を向いたりしてみた。
……これが僕だと? 信じられない。
この時、僕の中で何かが開き始めたのを感じた。
これで良かったのかもしれないのかな。
*
本当になんなのですかこの可愛い生き物は。
本当に男性なんですか!?
最初に部屋に入ってきた時は驚きのあまり、目が釘付けになってしまいました。
この子やお嬢様がランディル殿下だと言い張りますが、とても信じられませんでした。
だけど王家の紋章を取り出されたら、信じるしかありません。
私は一旦自分の部屋へ戻り、ベッドを立てて抑えきれない衝動に拳で殴りつけていました。
くぅぅぅぅぅ……!
反則ですよ、あの可愛さは!
なんとか気を取り戻したので、化粧箱を持って部屋を出ました。
殿下はドレス姿でも可愛らしいのですが、更に可愛くして差し上げましょう。
殿下は抵抗しますが、私にとってそれは無いに等しいですね。
あっという間に仕上げ、殿下に手鏡を見えるように持って差し上げました。
どうですか?
本人もうっとりしていますよ。
「これで本格的に演技の練習が出来ますわね」
お嬢様も練習を始めようとしています。
「あ……ああ。 そうだな、始めるとしよう」
そんな時、廊下から走ってくる音が聞こえてきました。
その足音は、真っ直ぐこの部屋へ向かっています。
そして勢いよく扉が開かれました。
「殿下あああ! ご無事ですかあああ!」
見知らぬメガネ君が駆け込んできたと思えば、大声で殿下を呼んでいます。
「貴様! フィリア・モンティーレ! 殿下をどこに隠した!」
メガネ君改め、メガネ野郎はお嬢様に喰ってかかりました。
そしてメガネ野郎は殿下に目をやると、先ほどの剣幕が嘘のように消え、
「なんと可憐な少女なんだ。 私のフィアンセになって下さい」
そんなことを言い放ちました。
あろうことが、手の甲に口付けまでして。
殿下の顔が青ざめていくのが見て取れました。
殿下……、ご愁傷様です。
メガネ野郎は再びお嬢様に怒鳴りつけました。
「貴様が殿下を隠したのはわかっているんだ!」
その間に殿下は浴室の方へ行き手を洗っているのが見えました。
おっと、着替えまでするのですね。
これはこれでアリですね!
着替え終えた殿下が出てきました。
「マイク、いい加減にしようか。 それに僕は隠されたわけでも無い」
「で、殿下! はっ! 先ほどの僕のフィアンセはどこへ行った?」
またしてもメガネ野郎はお嬢様を睨みつけた。
「貴様! 今度は彼女まで隠してどうするつもりだ!?」
肝心のお嬢様は——。
完全についていけて無いみたいですね。
顔を見ればわかります。
「すまないフィリア君。 今日の練習はここまでにしよう。 また改めて伺わせてもらうよ」
「え……ええ。 お待ちしていますわ」
「マイク、行くぞ。 全く僕に恥をかかせないでくれたまえ」
「殿下お待ちを!」
こうして嵐が過ぎ去っていきました。




