16・君に感謝を
次の日、私たちは王都に帰る馬車に乗り込むところでした。
その時クランツ様を見かけて、昨日渡すのを忘れていた物を渡そうと思います。
「クランツ様。 短い間でしたがお世話になりました」
挨拶は大事ですよね。
「ああ、気にしないでください。 こちらも賑やかで楽しませてもらいましたから」
その割には目が笑っていないのですよね。
相当お疲れなのでしょう。
「クランツ様、これを」
私は二つの袋を取り出しました。
「薬の材料になるキノコとヘビですわ。 マイラー先生もおっしゃっていました」
クランツ様は何かを言いかけましたが、私は袋ごと手渡すと馬車に乗り込みました。
「それでは、ごきげんよう」
馬車の窓から挨拶をすると、馬車が動き出します。
馬車は門をくぐり、街を走り抜け、アルベンの街から出ていくのでした。
*
俺はフィリア嬢に渡された皮袋二つを手に持ち、馬車を見送った。
「ダナトス」
「お呼びでしょうか」
俺の後ろにダナトスが現れた。
「薬の材料だそうだ。 何かに使えるだろうから預けておく」
「では、夜にでも確認いたします」
俺もダナトスも特に中身を確認せず、職務に戻った。
これからキルデ主任と街の地図を見ながら設置場所の選定を行う。
ある程度決まると、今度は各ギルド長に話を通すために手紙を用意し、ルベルトに届けてもらう。
そうこうしているうちに、いつの間にか辺りは暗くなり始めていた。
そろそろ今日の分の仕事を終えようとした時、部屋にダナトスが慌てて駆け込んできた。
「クランツ様! 突然失礼します」
「どうしたダナトス。 いつものお前らしく無いな」
「この皮袋の中身ですが」
いつもより興奮しているな。
そんなに興奮するものか?
フィリア嬢に渡されたものだ。
薬の材料となるキノコとヘビと言っていたか。
いや、薬の処方も出来るダナトスがこんなにも興奮するような物だから気にはなるな。
「中身がどうしたんだ?」
「おお、落ち着いて聞いてくださいませ」
ダナトス、まずはお前が落ち着いてくれ。
「この中の素材で……これで旦那様が治せます!」
そうか、よかった……な?
「なんだって? 今、治せると聞こえたんだが」
ダナトスは呼吸を整え、平静さを取り戻した。
「そうです、この二つを探していたのです。 クランツ様にも以前お話ししたと思います」
去年だったか、聞いたことがあったな。
ガラガラキノコとケナガヘビ。
「商業ギルドや冒険者ギルドにも連絡を入れていたのですが、中々手に入らない品物でしたので」
薬が出来るなら何だっていい。
「出来るか? ダナトス」
「はい。 直ぐに取り掛からせてもらいます」
部屋から出ていく彼の背中に向かって一言だけ言った。
「……頼む」
それにしても、渡されていた物がとんでもない物だったとはな……。
俺は王都に戻ったあの少女のことを思い出していた。
他の令嬢とは違い、俺に取り入ろうとはしなかった。
はっきり言って、媚びてくるような令嬢ばかりにうんざりしていた。
俺は天井を見上げ、思い返す。
彼女もそうなんだと思っていた。
だから理由を付け、尚且つ父親にまで頼まれてしまう始末。こうやって俺に取り入ろうとしてアルベンまで来たのだと思った。
なので様子を見ることにした。
だが、あの少女は決して自分を売り込む事、媚びたりする事はなかった。
一人で魔法の訓練をしたり、マイラー様と特訓をしたり……だが、気遣いはしてくれていたようだ。
魔石を取って来てくれたり、今日のように貴重な薬の材料まで提供して、見返りは要求してこなかった。
まぁ、角うさぎには驚かされたがな。
俺はふっと笑みを漏らした。
俺は心の中で、あの少女——フィリア嬢に興味と好意を持ち始めていた。
「……まさか、年下に興味を持つとはな」
「新たな趣味ですか?」
「ルベルト! いつからそこにいた!?」
「ダナトス様と入れ替わりで入りましたが」
気が付かなかった。
その後、俺は変な趣味と誤解されないように説明をするのだった。
——翌朝。
「クランツ様、お薬が完成いたしました」
「ダナトス、よくやってくれた」
俺はダナトスとルベルトを連れ、父の寝室へ入って行った。
部屋の中央のベッド。
周りには、世話をしてくれているメイドたちが今も世話をしてくれている。
その中の一人が話しかけてきた。
「クランツ様、今日はどうされたのですか? ダナトス様やルドルフ様まで」
俺はメイドに父の薬を持ってきたことを話した。
ダナトスはメイドに薬を渡した。
メイドは「よろしいのですか?」と、尋ねてきた。
「ああ、慣れている君たちの方がいいだろう。 頼む」
メイドは小瓶に入った薬を、薬匙を使って器用に飲ませていく。
薬を全て飲ませてからしばらくすると、父の口から小さな声が聞こえてきた。
「……こ……こ……は」
俺は父の声に一瞬言葉を失った。
それは喜びが込み上げてきたせいだ。
半年ぶりに父が目を覚ましたのだ。
俺だけではない。
この場にいたメイドたちやダナトス、そしてルベルトも喜んでくれた。
俺たちはしばらく、目を覚ました父の側から離れず、軽い会話をするのだった。
そして眠りについた父の顔を見ながら、王都へ帰って行った少女の顔を思い浮かべた。
——フィリア嬢、君に感謝を。




