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EX.白鳥妃と悪食妃(sideエディス④)

 こうして物事は動き出した。


 アンヌは他の助産婦達に声をかけ、ポーラ・マルセン子爵夫人の他に五人の女性を集めた。

 いずれも妊娠中の貴族の夫人で、胎児の魔力が強すぎたり、母親自身が病にかかってしまったりと手術を必要としていた。


 ウェリントに選ばれた宮廷医師達は騎士団の軍医に話を聞き、軽傷者の治療を行ったりもして、手術について学んだ。

 短期間ではあったが、彼等は元から優秀だ。寝食も返上する勢いで猛特訓し、技術を身につけた。

 その上で軍医にもついてもらってポーラ夫人達へ順番に帝王切開手術を行い、成功させることができたという。


「……回復魔法の使い手がおらねば、いささか危うい局面もございましたが……ノイダン殿が応援に寄越してくださった神官のご尽力もあり、事なきを得ました。成功と申してよろしいでしょう」


 わたくしはその報告を、診察に来たウェリントから聞くことができた。

 いつも真面目な彼には珍しく、口許がほころんでいる。

 わたくしも微笑みを返した。


「何よりだわ。次はわたくしの番かしらね」


「さようですな、お子様がたの経過は順調にございます。陛下のご体調はいかがですかな? 魔力酔いの症状などは?」


 ――人間には、生まれ持った魔力の「(いれもの)」がある。

 これが大きいか、小さいかで魔力量が決まる。

 自分の器を超える強い魔力に晒されると、溢れ出た魔力が身体に悪影響を及ぼす。

 主に目眩や吐き気を催すことから、魔力酔いと呼ばれているのだ。

 魔力のない者が強力な魔法を受けた時などに起こるが、魔力が身体から抜けていけば症状は比較的すぐに収まる。

 しかし妊婦でおなかの子が魔力持ちの場合、育つにつれて魔力が強まり、母親が魔力酔いに陥りやすいのよね。


「今のところ目眩や吐き気はないわ。大丈夫よ」


「よろしゅうございました。しかし、いつ起きてもおかしくありません。少しでも異常がありましたら、すぐにお呼びください」


「ええ。あとは少し疲れやすいのと、食欲がまた落ちてしまったのが気になるわ」


「産み月が近くなって、大きくなった赤子に内側から胃を押されるためでしょうな」


「魔力を抜きにしても、母親は大変なものなのね」


「食欲が失せてしまう方も多うございますね。かく言う私もそうでした」


 今回も同行しているアンヌが教えてくれる。

 彼女は息子二人と娘二人を産んだ母でもあり、言葉に説得力がある。


「まして陛下はお子様二人ぶんですから、圧迫感があって当たり前と申せましょう。手足もむくみやすくなります。後ほど按摩を致しますね」


「お願いね。……それから、今日は覚えのある顔を連れているようね?」


 先日の会議で、ひと騒動起こしたウェンディ。

 彼女がウェリントとアンヌの後ろに控えている。


「はい、陛下。本日は娘から、お詫びをさせていただいてもよろしいでしょうか」


「何かしら?」


 ウェンディはアンヌに促されて進み出ると、床に膝をついて謝罪した。


「王妃陛下……先日はご無礼をして大変申し訳ありませんでした」


 別人のようにしおらしくなっているわね。

 あの後、ウェリントとアンヌにかなり叱られて反省した様子だ。


「許します。わたくしも、おなかの子のためなら何でもするでしょうから。誰かを思って必死になれる貴女は、きっと良い助産婦になるでしょう」


 ウェンディは責任感が強く、真っ直ぐな性格。やり方さえ間違えなければ良いと思う。


「お慈悲を持ちまして、ポーラ・マルセン子爵夫人をはじめ皆様がた、母子共に健やかでいらっしゃいます。本当にありがとうございます……!」


「良かったわ。ポーラ夫人には、わたくしの子の乳母になってもらうことも考えているの」


 王族の子には乳母がつくことが多い。

 エーリヒにも居た。彼の成人後は夫君と共に領地で過ごされており、滅多にお会いしないが。

 ただしヒースクリフの母君であるリーザ様は乳母を雇わず、何事もご自分でなさっていたと聞く。近年では異例の側妃であられたゆえ、遠慮があったのかもしれないわね。


 わたくしの場合は双子だもの、わたくしがよっぽど母乳の出が良い体質でもない限り、足りないでしょうね。二人いっぺんにおなかが空いて泣かれたら困ってしまう。

 王妃の務めもおろそかにしたくないから、慣例通り乳母を雇うつもりよ。

 一足先に出産した女性達は有力な候補。

 産後の経過が順調な夫人から選ぶことになっている。


 なおベルーザでは、乳母は純粋に赤子へ乳を与える役であり、養育は別の専任をつけるのが通例だ。そちらはエーリヒとユノンが候補の人選を済ませている。

 こちらも、生まれた赤子の性別に合わせて正式発表する手筈になっているわ。


「良いお考えかと存じます。それから――――」


 ウェリントが咳払いをした。

 話したいことがあるようね?


「フィリア様が赤子のために、素晴らしい霊薬をお作りになったと聞き及びましたが」


「あら、耳が早いわね」


「気にならぬ医師はおりません」


「助産婦もですわ」


 アンヌやウェンディも知りたい様子。

 わたくしは微笑んでみせ、ジアにあるものを持って来るよう言いつけた。



✳︎✳︎✳︎



 ――赤子は生まれても無事に育つとは限らない。


 ある日、なんの前触れもなく天の庭へ昇ってしまう子のなんと多いことか。

 王侯貴族であっても例外ではない。それが厳然たる事実として、在る。



 しかし先日、フィリアが「あるもの」を持ってきたのだ。



「……私の拙い知識によると、生まれたばかりの赤ちゃんには絶対に必要なビタミン……栄養素があったんです。再現してみましたわ!」


 フィリアの知識は幅広く、役に立つものばかり。

 本人は「悪食で、ほとんど食べ物のことしか覚えていませんの」と謙遜しているが……つまり、動植物に非常に詳しかった。

 食べられるもの、ばかりではない。

 食用にならぬものも「毒があるから」「美味ではないから」「滋養がないから」と言った理由まで知っている。

 夢で得た知識と鑑定魔法の合わせ技で、反則めいた賢人になっているのよね。


「原料は知識の神に教えていただきました、海藻の一種です。とても硬くて食用にはならないんですけど、私が求めていた成分が豊富でしたわ! 刻んで乾燥させてから煮出してエキスを抽出し、蒸留したり漉したりして完成させました。赤ちゃんは苦いと飲みませんから、うんと甘くしてあります」


「苦労してわざわざ作ってくれたのね。もちろん頂くわ。ありがとう、フィリア」


「私はあまり苦労していませんわ。海藻も、アルヴィオ様にお願いして取り寄せていただきまして……ラング伯爵様が自ら買い付けに行ってくださったのですが、『こんな不味くて食べられないもの、どうするんだ』と漁師の方々にたいそう不思議がられたそうです」


「ふふ。悪食令嬢の面目躍如ね」


「望むところですわ!! あ、それと当然ですけれど蜂蜜は使っておりません。蜂蜜って大変素晴らしい食材ですが、一歳未満の赤ちゃんにあげてはいけませんのよ」


「まあ、そうなの? 知らなかったわ。貴女は本当に救いの女神だこと」


「女神って……大袈裟ですわ、エディスお義姉(ねえ)様」


「全く大袈裟ではないわ。フィリアは本当に物知りで助かっているのよ……ねえ、夢の中の貴女は学者か何かだったの? それとも、子供が大勢いたとか?」


 ふっと思いついて尋ねると、フィリアはちょっと困った顔をした。


「いいえそんな。単なる食いしん坊でしたわ……新しい食材や料理について調べたり、自分でも作ってみたりするのが好きだったんです。結婚はしてなくて子供もいなかったのですけど、お友達に――――」


 夢の中で、フィリアには親しい友人がいた。

 幼馴染で家も近所。そんな彼女が結婚して双子を授かったため、フィリアが色々と手伝ってあげていたそうだ。


「フィリアは夢の中でも面倒見が良かったようね」


「そう……かもしれませんわね。今思えば」


「結婚はしていなかったにしても、男性のお友達もいなかったの?」


 悪戯心を起こしてからかうと、初心(うぶ)なところがあるフィリアは頬を紅くした。


「クリフ――じゃない、殿下のような台詞はおやめくださいませ! このあいだ、根掘り葉掘り聞かれて大変だったのですわ!」


「あらあら。夢の中のお相手にまで嫉妬するなんて、わたくしが知っているヒースクリフと同じ人物とは思えないわね。それで、どうだったの?」


 何やら娘時代に戻ったような華やいだ心地だわ。

 追及すると、フィリアは恥ずかしそうに目を伏せてしまった。


「き、貴族ではなくて平民の女性でしたから! 結婚が決まった方などはおりませんでした。両親も、特に何も言いませんでしたし……あの、このくらいで勘弁してくださいませんか。私は既にヒースクリフ殿下一筋です! 浮気などあり得ませんわ! そもそも男性の方にモテないので機会もありません!!」


 これは……

 結婚はしていなかった、約束していた相手もいなかった――が。

 お付き合いしていた男性はいたのではないかしら?

 とは言っても現実ではなく、夢の向こうの話。

 今更とやかく言うことではないけれども。


 フィリアを見れば、両手で顔を覆ってしまっている。


「ああああ……もう思い出すだけで熱が出そう……クリフったら、あのご尊顔を間近にくっつけて、耳元で『妬けるな……』とか何とか囁いてくるんですのよ?! アレは前衛的な拷問の一種ですわ……!!」


 ヒースクリフはずいぶんとやきもちを焼いたようね。

 まあ、分からないではない。

 アストニアはベルーザと比べて男女関係に厳しいお国柄だ。

 人前で親密な姿を見せるのは当たり前、という我が国と感覚が異なる。

 ヒースクリフはベルーザ基準で言えば極度の恥ずかしがり屋に分類されるフィリアに嫌がられないよう……それでいて周囲に不仲だと見られないように、他の男性がつけいる隙を与えないように、細心の注意を払っているのだ。

 鉄壁の防御をすり抜けた男がいれば――まあ夢の話とは言え――平静でいられないのでしょうね。


 ところでフィリアは(ベルーザに来てからも)男性に言い寄られた経験が少なく、自分は女性として魅力に欠けると思っているようだが――――


「あのねえ、フィリア。貴女はこんなに可愛らしく才能豊かで気立てもよいのに、男性が心惹かれない訳がないでしょう。モテないのではなくてヒースクリフが残らず叩き潰しているのよ。引きこもっているわたくしにまで、色んな噂が聞こえてきていてよ?」


「まさか! 私がクリフの婚約者になったから色々と社交辞令を言われるだけです。見え透いたお世辞で転がされるほど思い上がっていませんわ」


「ベルーザの貴族はそんなに底意地が悪くないし、遠回しな嫌味は少ないわよ。まあ、そういう人も多少はいるけど陰険な性格だと思われて嫌われるわね」


「そうですの……?! 褒め言葉だって大仰すぎて、とても本心とは思えません……逆に嫌味かと……月の夜に舞い降りた妖精とか神話に謳われる森の女神とか、僕の心を騒がせるセイレーンとか」


「あら、それって……かなり本気で口説かれているわね」


 ヒースクリフ、貴方、思ったより苦労していたのね。

 婚約してもこのモテっぷり。社交へ出ると、ぴったりフィリアに寄り添っていると聞くのも道理ね。気が休まらないに違いないわ。

 幸いと言っていいのか、アストニア出身のフィリアには定番の口説き文句が通用していなかったみたいだけれど。

『ベルーザの男性は親切ですのね。こんな私にまでお世辞を言ってくださるなんて』と、華麗なる無自覚で躱していたですって?

 おお、なんてことでしょう。

 面白すぎるわ、この子!

 鮮やかにフラれて呆然としている自称伊達男どもの表情が目に見えるようだわね。


「はいぃ?! あれが求愛の常套句?! よく皆様がた溺死なさいませんわね? そんな弩級の甘口、クリフ一人でおなかいっぱいなのですが!?」


「ベルーザでは一般的よ。ヒースクリフも貴女にはちゃんと愛情表現をしているようで安心したわ」


 氷の殿下と言われた人だもの。頭の天辺から足の爪先まで、甘い言葉なんて縁が無さそうだったのに。

 やはりヒースクリフもベルーザの男。溺愛する恋人には惜しみなく賞賛を捧げている模様であった。


「わわわ私はこれっぽっちも安心できません! じゃあクリフも一時的にああなってるだけじゃないんですの?! この先ずっとアレですの?! し、心臓が持ちませんわ!!」


「ふふふ! 初々しいわねえ」


 怜悧なできる女性という感じなのに、こと恋愛に関してはこの狼狽ぶり。

 ()い、とはフィリアのためにある言葉かしらね。

 わたくしまで抱きしめて頬ずりしたくなってしまうではないの。はしたないから我慢するけれども。


「と、と、とにかく! こちらの赤ちゃん用シロップ、確かにお渡しいたしましたわ。私、これからマルセン子爵夫人達にも届けて参りますので!!」


 真っ赤になって逃げるように退出していくフィリアを、わたくしはたいそう微笑ましく見送ったのである。


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