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EX.白鳥妃と悪食妃(sideエディス⑤)

異世界でK2シロップ作って普及させたら、普通に救世主ムーブできると思うんですよ。

 そういう訳で――途中から何やら女同士の茶飲み話で盛り上がってしまったのはさておき――わたくしはフィリアの知識と慈愛の心で出来上がった霊薬を持っているのだ。


「――これがその薬よ。双子が生まれたら飲ませる予定になっているわ」


 ジアが持ってきた薬を前に、わたくしはウェリントに説明する。

 ふむ、と彼は真剣な目つきで薬を眺めた。

 見た目は何の変哲もない、陶器でできた小瓶である。


「フィリア様はマルセン子爵夫人らにも霊薬を下賜されたそうですな。ですが皆様、既に赤子に飲ませてしまった後でございまして……陛下、こちらを鑑定させていただくことは叶いますでしょうか」


「ええ」


 ウェリントの専門は調薬である。

 当然調べたいでしょうし、わたくしも拒む理由はない。

 許可を出すと、彼は手袋をはめてから恭しい手つきで霊薬を手のひらに載せ……鑑定魔法をかけた。


 ウェリントの家は代々医師をしている。

 彼は鑑定魔法も使えるので、医術や薬学の知識を生かしてより詳細に、精密に鑑定を行ったのであろう。

 何度か、知識の神との問答があったように見えた。


 やがて――――


「おお……」


 皺の刻まれた目尻から、一筋の涙が流れた。

 細かく震える手で、テーブルの上へ薬の瓶を戻す。


「なんと……生きているうちに、このような奇跡を目の当たりにすることがあろうとは……」


 ウェリントは、アンヌが差し出したハンカチで目許を拭うと娘に言った。


「ウェンディ、そなたも見せていただくと良い」


「はい、お父様」


 ウェンディも鑑定魔法が使えるようだ。

 アンヌは鑑定を使えないが、夫から事情を聞いているのであろう。感慨深い目で薬を見つめている。


「素晴らしい霊薬です……! 本当にこれを飲ませるだけで良いんですね。世の中がきっと変わります!」


 鑑定を終えたウェンディも目を輝かせ、神に感謝の祈りを捧げる。


「王妃陛下。鑑定をさせていただき、ありがとうございました。わたし……父母の下で修練をもっと積んで、陛下や、たくさんの人の役に立てるよう励みます」


「ええ。期待しているわ、ウェンディ」


 わたくしは思った。

 双子が無事に生まれ、成長し、大人になって結婚し、子をもうけたとしたら。

 その赤ん坊を取り上げてくれるのは、他ならぬウェンディかもしれない、と。



 結論から言えば、わたくしの予想は大きく外れることはなかった。



 のちにベルーザで女性初の宮廷医師長となったウェンディは、この時の出来事をこう記している。



『――――若く未熟だったわたしには、あの時、父が涙した理由が分からなかった。

 手を尽くしても救えなかった生命があったことを知らなかったから。

 父の心を揺らしたのは、これまで見送ってきたたくさんの子供達と。

 これからはそれを知らずに成長していくことになる、たくさんの子供達に想いを馳せたからであったのだ。

 わたしもまた、過去の悲しみを知らなかったけれど……

 新しい時代が来る予感に胸を震わせたあの日を、生涯、忘れることはない――――――』



✳︎✳︎✳︎



 わたくしに魔力酔いの症状が現れたのは、その三日後のことであった。

 目眩。ふらつき。吐き気。

 全身が熱くなったかと思えば、急に冷水を浴びせられたように寒気が走ったりもする。

 すぐさまウェリントとアンヌが呼ばれ、間違いなく胎児の魔力によるものと診断された。


「難しい判断になりますな……お子様がたは双子のため、それぞれのお身体はまだ小さめです。もう少しだけでも成長してから帝王切開を行うのが、理想ではあるのですが」


 魔力を使って胎児の様子を診たウェリントは厳しい目つきで黙り込んだ。

 子のためには妊娠を継続すべきだが、わたくしが保つか心配しているのだ。


「ウェリント……わたくしはまだ大丈夫よ。悪阻の時と同じくらいだもの。横になっていれば、さほど苦しくないわ」


「……ひとまず、薬湯を調合致しましょう。お飲みください」


 ウェリントが薬湯を用意し、ジアが小匙を使って少しずつ飲ませてくれる。

 苦味と土臭さがあるものの我慢して飲み終え、蜂蜜湯で口直しをした。


「――王妃陛下、ウルクスでございます。魔力吸収が行える者を連れて参りましたぞ」


 ジアとは別の侍女に案内されて、宮廷魔法師長ウルクスが入ってきた。

 甥のレオニスほか、数人の宮廷魔法師を伴っている。


「魔力吸収を行えば、お身体が幾らか楽になるはずです。ただし、魔力吸収は使い手が少ない上、懸命に技を磨いても吸収できる魔力がごく僅かであるという不遇の魔法でしてのぉ。ですから大きな効果は見込めず、気休め程度ではございますが……まぁ無いよりはましじゃろう。お手伝いさせてくだされ」


 ウルクスはおどけた表情で、ぱちりとウインクを寄越す。

 わたくしもなるべく、何でもないように笑って頷いた。


「今は何にでも頼りたい気分よ。皆、よろしく頼みます」


「御意。では始めさせていただきますぞ」


 ウルクスがわたくしの横に座り、手をかざして溢れ出る魔力を吸収する。

 他人の魔力を抜き取るのは非常に難しく、百のうち十……多くても二十程度を吸収するのが限界なのだという。

 また、ずっと魔力を吸い続けることはできない。

 十の魔力を吸収するために、その一・五倍ほどの魔力を必要とするそうだ。


「簡単に他人の魔力を奪い取れないよう、神が配慮なさったのかもしれませんねえ……吸収を使えば使うほど、魔法師の魔力は増えるどころか緩やかに減っていくのです」


 レオニスがウルクスと交代し、吸収を行いつつ爽やかに言った。


「苦労をかけるわね」


「なぁに、いつもは出番のない魔法を使う良い機会ですよ……やあ、これは凄いなあ! 赤子とは思えない潤沢な魔力! 大きくなったら僕らが魔法を教えてあげたいですね。楽しみだ」


 魔法師は魔法第一で空気を読まないところがあると言われているが、こういう時は決して深刻にならない彼等の明るさがありがたい。

 ウルクスとレオニス、魔法師達は交代しながら、ぎりぎりのところまで能力を振るった。


「また明日、参りますでの。ウェリント殿、何かあれば連絡を」


「うむ。ウルクス殿、感謝しますぞ」


 魔法師達は退出していくが、ウェリントとアンヌは残った。

 この二人は泊まり込み、子供が生まれるまで昼夜問わず付き添ってくれるのだ。



 わたくしはそれから一週間、耐えた。

 ウェリントが調合してくれる薬、魔法師達の魔力吸収、それにわたくし自身の体力と忍耐力が頼りであった。


「エディス、自分を大切にしてくれ。周囲は世継ぎを望んでいるようではあるが、私は母子共に無事であれば良い。どちらでも構わぬ」


 エーリヒは口癖のように言っていたわね。

 おなかの子の性別を知る方法はない。生まれるまで分からない。

 でも、わたくしは何となく男女の双子ではないかと思っていた。

 根拠と言われても困ってしまうが、母の勘かしらね。

 うとうとしていると時々、男の子と女の子の笑い声が聞こえて目を覚ます……そんなことが何回かあったの。

 そして――――



「――明日、帝王切開手術を行います」



 ついにウェリントが決断する。

 双子の成長と、わたくしの体力を天秤にかけて悩み抜いた末の発言であった。


「宮廷医師長の判断に従いましょう」


 わたくしは頷いた。

 魔力酔いの症状は日に日に強まっており、限界は明らかだ。

 ベルーザ最高の医療と魔力吸収を受けていても、この有り様。

 ……帝王切開ができなければ、ここから陣痛を待って普通の出産を乗り越えることになるのね。なんと厳しい道のりかしら。母となるための試練とは言え、想像するだけで寒気がするわ。

 わたくしはそっと、青花宮の方角へ向かって祈りを捧げた。



 すぐさま準備がなされ、翌日、わたくしは手術を受けた。

 フィリアの話によると、腰から下だけ一時的に痛みを感じなくなる方法があったそうだが、ベルーザにはなかったので別の方法が取られた。

 そのため、専用の寝台へ横たわったわたくしが麻酔薬と魔法で朦朧としているあいだに切開が行われ、子が生まれることになったのだが――――


 その声だけは、ぼんやりした意識を貫いて聞こえたわ。



『――王妃陛下! お生まれになりました。王子様と王女様です!』



 一生、あの瞬間を忘れることはないでしょうね。



 フィリア、何度でも貴女に感謝を。

 わたくしもこの新たな方法によって双子を世へ送り出し、自分も生命を散らさずに済んだのである。



✳︎✳︎✳︎



「――――という訳で、貴方達はお父様やヒースクリフや、フィリアや……他にも大勢の人が力を合わせて、無事に生まれることができたのよ」


 わたくしは長い昔話を締めくくった。

 毛布をかぶっている男女の双子――五歳になった兄クリストハルトと妹のエレーヌは、目をきらきらさせて聞いている。


 夜も更けてきたのに、まだ眠くなさそうね。


「ぼく、まだねむくない!」


「エレーヌも! おかあさまのおはなし、ききたい!」


「困った子達だこと。仕方ないわねえ」


 王妃には様々な公務があるけれど、わたくしはなるべく時間をつくって子供達の様子を見るようにしていた。

 今日は一日忙しく、幼な子の就寝前にぎりぎりで滑り込んだのだが……

 眠るはずであった子供達をかえって興奮させてしまい、ああ失敗したと思っているところよ。

 子供というのは難しいわね。

 侍女達が申し訳無さそうにしているので、そっと微笑んでみせた。


 たまには母親らしいことをしてあげたいわ。

 暫し、寝かしつけに付き合いましょう。


 わたくしは双子の髪を交互に撫でてやりながら、再び記憶を辿った。


「……今でも覚えているわ。生まれた貴方達を抱っこした時のこと。言葉で言い表せないほど嬉しかった。小さめだけれど元気で健康な赤ちゃんだった。大きな声で泣いていて」



 ああ、ふにゃふにゃで小さかった赤ちゃん達が、今はこんなに可愛い奇跡の子になって――――



「元気いっぱいで、とってもありがたいけれど……二人とも、もう寝る時間よ?」


「えー!」


「おかあさま、もうちょっと!」


「寝ないと大きくなれませんよ」


「うー……みんなそういうの、ずるいや! ごはんもだよ。たべないとおおきくならないって、すぐいうし」


「それはクリストハルトの好き嫌いが多いからでしょう。全く、貴方がおなかにいたから悪阻が酷かったのかしらね」


「ぼく、おにくキライ!」


 そう、クリストハルトは偏食家なのだ。特に肉類が苦手で、魚介が好きという変わった子である。

 双子でも性格は違うようで、エレーヌはあまりこだわりがないのだけれど……


「でもハンバーグのおこさまランチはすき! ねえ、あれもフィリアがかんがえたんでしょ?」


「あら、そうよ。フィリアはいつもわたくし達を助けてくれるわね」


 フィリアは子供の食事作りにも、大いに能力を発揮してくれた。

 中でも幼児向けに考案してくれた「お子様ランチ」なるものは双子のお気に入り。クリストハルトもこれなら喜んで完食するのよね。


「……ハンバーグなら、たべてもいいよ」


「いい子ね、料理長に言っておくわ」


「うん……」


 騒がしかったクリストハルトも目蓋が下がってきたようね。

 エレーヌは静か、と思ったら……半分寝ている。


「ふう、お話はこれでおしまい。また明日ね、クリストハルト、エレーヌ。おやすみなさい」


「はい……」


「はぁい……おかあさま……だいすき……」


「ぼくもー……」


「お母様も貴方達を愛しているわ」


 毛布をかぶせ直して、とんとんと背中を叩いてあげる。

 途中から侍女に交代してもらい、そっと子供部屋を出た。


 大切な王妃の務めが残っているの。

 エーリヒの執務室へ向かった。



✳︎✳︎✳︎



「――――失礼致します。お仕事はまだ終わりませんの? わたくしの陛下」


 室内へ入っていくと、夫はペンを片手に書類を捌いていた。

 全く、夜遅くまで仕事熱心な国王陛下だこと。

 彼を適度に休ませるのも、わたくしの重要な役割なのだ。


「この書類を見たら切り上げる。少し待っていてくれ」


「畏まりました」


 わたくしは部屋に置かれた長椅子へ腰かけた。


「ちなみに、例の案件だよ。量産化の目処が立ったそうだ」


「まあ! それは何よりです。フィリアも喜ぶでしょう」


 エーリヒが決裁しているのは、フィリアの発案で始まった事業――あの霊薬に関するもののようね。


 フィリアはクリストハルトとエレーヌだけでなく、マルセン子爵夫人が生んだ男の子をはじめ、同時期に生まれた赤子にも薬を提供した。

 そして、その子供達は欠けることなく皆、すくすくと成長したのである。


 一人、二人なら偶然と言い張ることもできよう。

 しかし薬を飲んで無事に大きくなっていく赤子の数が十、二十と増えていくにつれ、風向きが変わっていく。


「フィリア妃殿下は奇跡の霊薬をお作りになられる」


 そんな評判が広まっていった。

 これまでアストニア出身のフィリアをよく思っておらず、ヒースクリフを誑かした魔女だの、毒愛づる貴婦人だの、品のないゲテモノを口にする悪食妃だのと揶揄していた者まで手のひらを返し、霊薬が欲しいと頼んでくるほどであった。


『奇跡の霊薬じゃなくて単に、とあるビタミンのシロップですわよ。原料だって今まで誰も見向きもしなかった、ゲキマズで食べられない海藻ですのに……』


とフィリアは困惑していたけれど、元々、困っている者を見捨てられない性格だ。

 薬を作って提供する事業を始めることになった。


『子供は国の宝です。民にも広く行き渡るようにできないかしら?』


 彼女の素晴らしいところは、貴族に限らず全ての臣民のことを考えられる点でしょうね。


 ただし数の多い平民にも隈なく、となると王弟妃個人では追いつかない。

 それにフィリアは必要以上に目立とうとしない人だ。

 あまり派手に動くと、ディウム教国に聖女と認定され連れ去られてしまう可能性も無くはない。

 そのためヒースクリフとエーリヒがノイダン総神官長と話し合い、王家とベルーザ教会が合同で、慈善事業として取り組むことになったのである。


 自然に生える海藻を取ってくるだけでは原料が足りないため、海で育てる養殖事業が立ち上がり。

 近くに大きな加工場が建設され、人が雇われ……



 ――その影響で、国王としてエーリヒも忙しくなっているという訳であった。


「大陸の各国でも注目されているよ。子供を大切に思うのは、どこの国でも変わらぬからな」


「子は国の宝だとフィリアは言っていましたものね。わたくし達には、彼女こそ国の至宝ですけれど」


「そうだな、大切にせねばならん」



 ちなみにフィリアも少し前にヒースクリフの子を身籠り、娘を出産してミザリアと名付けた。


『――綺麗な名前だけれど、変わった響きね。アストニア風なの?』

『……クリフには内緒にしてくださいね? 夢の中の私、こういう名前だったような気がするんです。ミサキ、ですとかミザ、とか……確かそんな感じ。生まれたこの子の顔を見て、急に思い出したのですわ』


 優しい顔で赤ちゃんを抱いていたフィリアは、本当に神々しく見えたものだ。

 わたくしはもちろん、女同士の秘密を守っているわ。

 彼女はかけがえのない人で、女神の化身であり、わたくしの可愛い義妹(いもうと)だもの。



「……よし、これで良いだろう。待たせたな、妃よ」


 エーリヒは書類にサインを入れて、ようやく手を止めると机の上を片付けて立ち上がった。


「私はそろそろ寝む。皆もご苦労であった」


「は、おやすみなさいませ」


「おやすみなさいませ国王陛下、王妃陛下」


 文官達が礼をする。

 彼等も表情は明るい。仕事が終わり、それぞれの家へ帰れるからだろう。



 さあ、ここからは夫婦の時間。

 そっと二人で腕を絡めて、執務室を後にした。


「ねえ、エーリヒ――実は、大切な話があるの」


「何かな?」


「部屋に着いたら話すわ。でも、良い内容ですよ」


「そうか。ならば楽しみだ」



 ――さっきウェリントとアンヌを呼んで、診てもらった。間違いないと言われたわ。


 新しい世界に生まれる子供が、一人増えるの。

 エーリヒ、貴方はどんな風に喜んでくれるかしら?


 愛する人の笑顔を想像しながら、わたくしは足取りも軽く紅雅宮へ歩いていった。


エディス編、これで終わります。

お付き合いありがとうございました。




新作の短編投稿しています。

よろしければご覧ください。


俺は敏腕営業部長 〜自称社畜な猫の恩返し〜

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