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妹はヤンキーちゃん。  作者: 灯いるか
【シーズン1】 ミーツ・シスター編
3/5

#2 バイオレンス・シスター

「朝ごはんはまだか」


 パジャマ姿(俺のTシャツ!)でロフトの階段を下りながらそう偉そうに言い放っているのは紛れもない俺の妹、紫桃都である。


 結局あれからうちに住み込んでもう一週間が経っていた。


 家出の理由について何度か尋ねてみたが、「プライバシー」だの「女子高生にそんなことを聞くな」などなんやかんやはぐらかされてしまっていた。


 そんなわけで、物置と化していたはずの俺の部屋のロフトは、勝手に荷物が下され、いつの間にかやつの住処になっていた。


「今日は雪乃が早番だから朝ごはんはないって言ったろ。これでも食べとけ」


 そう言って雪乃が買ってきてくれた菓子パンを都に渡した。

 

 雪乃は都が来てからというもの、心配だからと余裕がある日は朝もうちに来てくれるようになった。


 どうやらかわいそうな境遇の人間を放っておけない質のようで、都にもとても良くしてくれる。


 あれほど女に頼っていたことを批判していた都も今ではすっかり雪乃に心も胃袋も掴まれてしまっていた。


「…むしぱん、か…庶民は虫を食べると聞いたことがあるが本当だったとは…」

「昆虫の虫じゃなくて、スチームの方の蒸しな」

「ふん。そんなことは知っている…!兄貴をからかってみただけだ…!」


 どうやら本当に虫のパンだと思っていた都は少し逆ギレ気味にそう言った。


「しかし、むしパンケーキか…むしパンとケーキとパンケーキの味がするということだろうか」

 

 まだなにやらぶつぶつ言っているが、また俺がつっこんで恥ずかしい思いをさせてしまっては申し訳ないと思い、そっとしておいてあげることにした。


「そういえばずっと思ってたんだけど、都って高校生だったよな」

「ああ」

「うちに来た時制服着てたもんな」

「そうだ」

「学校行かなくていいの?」

「そろそろ行かなければと思っていたところだったが…」

「が?」

「行き方がわからんのだ」

「…」


 家からは毎日車での送迎だったそうだ。


 ここまで庶民の常識が通用しないとは…。


 ていうか、一週間も休んで大丈夫な高校ってなんだよ。


 と、いうことで、今日は大学の講義が午後からだったこともあり、なぜか一度もアリア女学院に行ったことのないド庶民の俺が、庶民の交通手段で学院までの行き方をレクチャーしてあげることになったのだった…。





 駅に到着すると、通勤ラッシュでちょうど人がごった返している時間帯だった。


「すごいな。全員乗れるのか?」

「無理矢理にでも乗るんだよ」


 初めての満員電車に感心している都を連れ、せわしなく電車に乗り込んだ。


「兄貴」


 しばらくすると、人の中で窮屈そうに棒に捕まりながら都がこっちを見ていた。


「どうした?」

「あの男」


 都が顎で刺した先には一人の中年のサラリーマンらしき男が立っていた。


 都が鋭い眼差しで男の背中を睨んでいるので、よく見てみると、男の向こう側のリクルートスーツを着た女の子の様子がおかしい。


 痴漢だ。


 都に目で合図すると、俺は男の近くまで移動した。


 当然、兄として、男として、妹を守らなければならない立場である俺が声をかけて止めなければならないと思っていた。


 しかし、男の近くまで行ってから、「逆上されて騒ぎになったら…」と一瞬のためらいが生じた。


 その時だった。


「おい、あんた」


 いつの間にか男と女の子の間に入ってきていた都が男の手首を掴んでいた。


「こ、この人痴漢です!」


 すかさず女の子が声を上げる。


「次の駅で一緒に降りましょう」


 ハッとした俺も男に向き直り、勇気を出してそう言うと、男は罰が悪そうな顔で下を向いた。


 車内の人々がみんなこちらを見ていた。


 都は相変わらず真っ直ぐな瞳で男から俺に視線を移した。


 その目にに捕まった俺は、一瞬でも前に出ることをためらった自分を恥じずにいられなかった。





 そうこうして電車を乗り継ぎ、1時間ほどで学院の最寄り駅まで到着した。


「ここまでで大丈夫だ」

「せっかくだし学院まで送るよ」


 世間知らずの都を心配する気持ちもあったが、名門、アリア女学院がどういう佇まいをしているのか、この目で見てみたかった。


「いや、恐らく学院の周りには紫桃家の見張りがいる。私と一緒にいる兄貴の姿を見れば、何をしてくるかわからない」

「そんな物騒な人たちなの!?」


 仮にも俺だって母さんと血が繋がってるというのに…。


「わかったよ。帰りは?」

「反対の電車に乗ればいいのだろう。一人で大丈夫だ」

「そうか。気をつけてな。何かあったら連絡して」

「ああ」


 都は、お嬢様学校の華麗な制服の上にスカジャンを羽織った、俺の家に初めて来た時の姿で颯爽と歩いて行った。


 彼女の真っ直ぐな眼差しから溢れるエネルギーのように、背中の金色の龍が太陽に照らされてギラギラと光っていた。






 アリア女学院。


 2-Aの教室。窓際の一番後ろの席に都が座っている。


 都は何やらスマートフォンで誰かにメッセージを送っている。


 トーク画面には猿渡潤さわたりじゅんという名前が出ている。


 「見張りの数は?」という都の質問に猿渡から返事が来ている。


『みやさん、こりゃ明らかにおかしいですよ…一人もいない』

『本当にか?』

『はい…20回も回って、防犯カメラも確認しましたが、全くいないようです』


「やっぱりあの違和感は…」


 考え込むようなそぶりをして、窓の外を見る都。


 窓の外には芝生と綺麗に整備されたグラウンドが広がっており、その周りを大きな針葉樹がまるで大切なお嬢様たちを世間から隠すようにぐるっと取り囲んでいた。


 そのさらに内側には等間隔で桜の木が植えられ、ちょうど満開を迎えていた。


 体育の授業中であろうジャージを着た学生たちがグラウンドを走っている。


『私も違和感を感じていた。ここ最近、ほとんど視線を感じない』

『やっぱりそうなんすね…』

『本家の方で何かあったのかもしれない』

『そろそろ本当に帰った方がいいんじゃないすか…』


 メッセージを見て考え込む都。


『もう少し様子をみる』

『了解っす。何かあれば連絡します』


 メッセージアプリを閉じ、電話アプリを開く都。

 

 電話履歴には連続してダディという文字が表示されている。


 都は大きくため息をつき、また窓の外に目をやった。





 夕方。千景の家の近くのコンビニ。


 以前都が千景の家から脱走した際にアイスを買っていた場所だ。


 都がコンビニの前で立ち止まっている。


 どうやらここまで無事に一人で帰ってこれたようだった。


 都の視線の先では、ガラの悪そうな男子学生の5人組がコンビニの前でたむろしている。


 コンビニに入っていく都。


 どうやらお目当てはパンコーナーのようだ。


 目を輝かせながらあんぱんを手に取り、レジへ持っていく。


「110円になります」

「これで頼む」


 金色のカードをレジへと提出する都。


 店長の鵜飼うかいは一瞬驚くが、スムーズに会計を進めた。


「ありがとうございましたー」


 都がコンビニの外に出ると、見覚えのある女性がさっきの男子学生たちに絡まれていた。


「なあお姉ちゃん何歳?」

「一緒に遊ぼうや〜」

「わ、私帰って夕飯の支度しないと…」


 雪乃だ。

 

 さっきまであんぱんを見て輝いていた都の目はあの痴漢の男見つけた時の鋭い目つきへと変わっていた。


「家事とかたまには休んだらええやん」


 と、一人の男子学生の腕が雪乃へと伸ばされた。


バシッ。


 男子学生の手は払いのけられた。


 都が雪乃を守るように男子学生の前に立っていた。


「あ?なんだお前」

「都ちゃん!」

「なんだ友達か?かわいいじゃん」


 リーダーらしい男が立ち上がりながら言った。


「この人に触るな」

「いいじゃん君も一緒に遊ぼうよ」


 リーダーらしい男に腕を掴まれる都。


ドンッ。


 都が男を払いのけると、男は後ろへ倒れ込んでしまった。


「まあくん!」


 取り巻きの一人が叫んだ。


「てめぇ」


 男たちの目の色が変わった。






 アパートの階段を登りながら、俺は今朝のことを考えていた。


 あの痴漢男は仮にも成人男性だったはずだが、都に手首を掴まれ、全く振り払おうともしていなかった。


 あれだけ公衆の面前でバラされてもう逃げられないと思ったか、都の鋭い眼光に怖気付いたか、もしくは…あいつの手を振り払うことができなかったか…。


 まさかそれはないか。


 家の前まで着き、ドアを開けようとするが鍵がかかっていた。


 どうやら都はまだ帰ってきていないようだった。


 一人で帰れるとは言ってはいたが、やはり道に迷ってしまったのだろうか。


 心配になった俺は一度連絡しようとスマホを取り出した。


 すると、ちょうど雪乃から電話がかかってきた。


「あ!よかった!ちかくんあのね、大変なの!都ちゃんが…」

「うわあ!」


 慌てた様子の雪乃の声の後ろでは、知らない男たちの怒号のような悲鳴のようなそんな声が聞こえていた。


 『都が』ということもそうだったが、その男たちの声が一層俺を不安にさせていた。


「どうした!?大丈夫!?」

「大丈夫じゃないの!どうしよう!今、家の近くのコンビニにいるんだけど、都ちゃんがね、5人の男の子達をボコボコにしちゃいそうなの!」

「え!?都が!?」

「だから早く来て!私じゃもう止められ…ひゃあ!」


 そこで電話は切れた。


 朝感じていた『まさか』が現実になりそうな予感が俺の中でふつふつと湧き上がってきていた。


 とにかく都と雪乃が今どんな状況に置かれているのかこの目で確認しないことにはなんの判断もつかない。


 俺はコンビニへと走った。





 コンビニへ駆けつけると、明らかに喧嘩をしているであろう若者たちが見えた。


 金色の龍を背負った女子高生とガラの悪そうな男子学生たち。


 高校生らしき男子学生たちは、ほとんど全員が膝をついたり、倒れ込んだりしている。


 そのうちの一人は都に胸ぐらを掴まれ、今にも殴られようというところだった。


 後ろでは雪乃が到底聞こえないであろう小さな声で「都ちゃん、もう大丈夫だよ」などと怯えた様子で声をかけていた。


 都に掴まれている男子学生が言った。


「もう許してくれ頼む…俺たちが悪かった」


 今朝と同じ目をした都が言った。


「よくこの体たらくで雪乃に声をかけたものだな」

「都!」

「兄貴」


 俺が声を掛けると都はこっちを見てそう言った。


「もうやめてやれ」

「だがこいつら、私がいない時にまた雪乃にちょっかいを出すかもしれないんだぞ」

「もうしない!本当だ!」


 学生は怯えているように見えた。


「みやさん!もう十分っすよ。騒ぎになったら元も子もないっす」


 その時、そう言って駐車場へ一人の少年が入ってきた。


 少年は学ランを着てキャップを被っている。随分と小柄な少年だ。


「猿渡…」


 そう言うと都は男子学生から手を離した。


 解放された男子学生はまだ歩ける二人と共に他の仲間を担いで怯えた様子でそそくさとコンビニから逃げていった。





「本当にすみませんでした」


 俺は都とともにコンビニの店長さんに頭を下げた。


「いいよいいよ。むしろ助かったくらいだよ!頭上げてよ!」


 コンビニの店長である鵜飼さんはとても気のいい人でそう言って俺たちに笑いかけた。


「あの学生たちには結構手を焼いていたんだ。近所の人たちからも苦情が来たりしていてね。かと言って俺にとってはお客さんでもあるし、こちらからは注意することしかできなかったんだ。だからありがとうね」

「そうだったんですね」

「まあとはいえ、今日みたいに毎回暴れられちゃもっと困るけどね、ははは」

「すみません…ほら、都も」

「…すみません」


 小声で謝る都を見ると、さっきまでの凶暴な姿が嘘のように感じられた。


「冗談だよ!本当にありがとう!あ、そうだ!おじさんが何か奢ってあげるよ。好きなもの、買ってってよ」

「いやいいですよそんな!こんなに迷惑かけたのに…」

「まぁまぁ遠慮しないで!」

「あの」

「どうした不良少女」

「奢りの代わりに、この人、ここで働かせてやってくれないか」

「な、何言ってんだ都!バイトならちゃんと探して…」


 鵜飼さんは思ってもいなかった言葉にしばらくの間、驚いて目を丸くしていた。


「…ははは!いいよ!ちょうどバイト募集してたんだ!いやぁむしろいいの?そんなこっちが得するようなことで」

「え!いいんですか…?」

「ああ!君、なんか働き者そうだし、いいよ!まぁ、君が良ければだけど」

「よ、よろしくおねがいします!」


 なんということだろうか。


 鵜飼さんも鵜飼さんで人が良すぎである。


 そんなこんなでなぜか都の喧嘩のおかげで俺はバイトが決まったのだった。


 驚きと感謝でよくわからなくなっている俺を都は満足げに眺めていた。





「でもびっくりだよ〜。都ちゃんがあんなに喧嘩強かったなんて。男の子5人相手に全然ビビりもしないんだもん」


 帰り道、雪乃が都の顔を覗き込みながら言った。


 すると、いつの間に都の隣を歩いていた猿渡と呼ばれていたあの少年が言った。


「ビビるわけないっすよ。俺らの番長なんですから」

『番長!?』


 俺と雪乃は声を合わせて驚いた。


「まさかみやさん、何も言ってなかったんですか…」

「ああ。そういえば言ってなかったな」

「そういえばじゃないよ…」


 不良少女とは思っていたが、まさか本物のヤンキーとは…。そりゃ、痴漢男ぐらい余裕ですわな…。


「西の赤鬼あかぎ、東の紫桃。神奈川には今二つの勢力があるんすよ。我らが東側のボス、それがみやさんってわけです」

「私はこいつらと神奈川を統一する。それまでは日本にいたい。それが兄貴のとこに来た理由だ」

「海外にでも引っ越すのか?」

「実はママは今イタリアにいるんだ」

「母さんが!?」

「だから、私たちもイタリアへ行こうと、そうダディに言われて」

「それで家出したのか…」


 なんとも現実離れしてる理由だった。


 そうか、俺の母さんは日本にはいないのか。


 自分でもよくわからず、俺は寂しい気持ちになった。


 会ったことのない母親のことを思って。


 ただの不良少女だと思っていた妹は本物のヤンキーで神奈川統一を目指していて、俺の母さんは遠くの国で暮らしているなんて、なんだかすぐには信じられず、全く自分のことなのに遠い誰かの話のように感じられた。


 そして、今日喧嘩している都を目撃したように、想像もしていない形で母さんに遭遇することがあるかもしれない、なんて淡い期待を抱いた。





 そう、このときはまだ、ただなんとなく「大変な妹が来てしまった」とそんなくらいにしか俺は思っていなかった。


燃えるように赤い夕日が俺たち4人の背中を照らしていた。

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