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妹はヤンキーちゃん。  作者: 灯いるか
【シーズン1】 ミーツ・シスター編
2/5

#1 妹様とヒモ男

「俺だったら超嬉しいけどな。だってなに?JKの?ギャルの?妹がいました?最高すぎだろラブコメ漫画かよ。いいよなぁ千景は。可愛くて優しい彼女もいて、その上ギャルの妹か〜」


 学食で売っている惣菜パンをむしゃむしゃと食べながら猿滝太一さるたきたいちは騒ぎ立てている。


「いや雪乃は別に彼女ってわけじゃ・・・」

「お前さ、いつも言ってるけど、彼女じゃないのに貢がれてる方がやべぇからな?は、俺も美人なお姉さまに養ってもらいたいぜ。なぁんでこんな普通のやつが俺よりモテるのか教えてくれよ、なぁ葉」


 俺は雪乃のことを言われるといつも決まって黙り込んでしまった。


 だって、太一の言う通りだ。


 俺は雪乃の優しさに甘えているのだ。


「少なくとも千景は太一みたいにパンをバラバラこぼして食べたりしないからね」


 蟹守葉かにもりようは弁当を箸でつつきながら太一を見てそう言った。


 太一は気にくわないと言った顔をしながらもパンのカスを拾っている。


 葉はいつも自分で作った弁当を持ってきている。


 家事のできない俺たちからしたらそれだけでもすごいのに、自分のインフルエンサーとしての仕事もこなしながら、授業もしっかり受けているのだから非の打ち所がない。


 なんなら俺や太一より成績優秀だ。


 そんなわけで見た目も中身も完璧な葉には太一も何も言えないのだった。


「でもさ、いきなり来て妹ですなんてちょっと変だね?」


 葉は真っ黒な瞳で俺を見ながら言った。


「俺も最初はそう思ったんだけど、写真に写ってたの、確かに母さんだった。それに・・・」

「それに?」


 あのほくろ・・・母さんと、俺と一緒だった。


「ま、今日のところは帰ってくれたならよかったじゃん」

「今度来たら俺にも紹介しろよな〜」

「・・・うん」


 俺は上の空で二人に返事をした。



 

 

 家に帰ると、鍵が開いていた。


 嫌な予感がした。


 玄関には見慣れないローファー。まずい。


 部屋に入ると、あの自称妹女がなぜか床に寝そべり、俺のゲーム機で遊んでいた。


「ふ、弱すぎて勝負にならないな」


 ゲーム機に向かって痛いセリフを吐いているそいつは俺が帰ってきていても、まるで悪びれる様子もない。


「なんで・・・」


 俺は呆れたように呟いた。


 自称妹は、ゲームに視線を落としたまま呟いた。


「この建物の前にいた老人に話しかけたら入れてくれたんだ。というか、なんだここは。馬小屋でももう少し綺麗だぞ」


 大家さん・・・。


 というか、今朝から思ってたがこいつ、態度がでかい。相当甘やかされて育ったようだ。


 全く自由にしているその姿を見て、俺はもう責め立てる気力を失くしていた。


「はぁ・・・君、名前は?」

「都。紫桃都しとうみやこだ」

「紫桃・・・なんか聞いたことあるな」

「まぁ日本人なら誰でも知っているだろう」


 紫桃なんて名字、珍しいに決まっているのになぜ聞いたことがあるのか、その場では思い至ることができなかった。


「で、なんで家出なんかしたんだよ」


ピンポーン。


 今度は会話を遮るように、インターホンが鳴った。


 今日はよくインターホンが鳴る日だ・・・。


 俺はテレビの前に置かれた電子時計を見た。


 時計には16:55と表示されている。


 まずい・・・。雪乃だ。


ピンポーン。


 そう思った時、ドアの外から雪乃の声がした。


「ちかくーん?」


 妹様はようやく顔を上げて言った。


「誰か来たようだぞ」

「どうしよう・・・」

「彼女か」


 妹様はなぜか楽しそうに微笑んでいる。


「ええっと、とりあえず・・・風呂!風呂に隠れてて!」

「なんだ。私がいたらまずいのか」


 なにやらぶつくさ言っている妹様を無理やり風呂へ押し込んだ。


「ここが風呂だと?」

「いいからしばらくここで静かにしてて!」


 風呂場を見渡してまた何か文句を言っている妹様を無視して、扉を閉めた。


 ガチャ。


 ちょうど雪乃が入ってきた。危ないところだった。


 別に隠さなくてもいいが、話がややこしくなる気がしたので、応急処置だ。雪乃には後できちんと話そう。


「鍵かかってなかったから入ってきちゃったよ」

「おお」


 俺は平然を装った。


「誰か来てたの?」

「へ!?なんで?」

「なんか話し声が聞こえたような気がしたけど・・・」

「い、いや俺一人だけど・・・怖いなぁやめてくれよ」

「そっか〜。私霊感とかないけど、ここ古いもんね〜」


 ここに住んでいる幽霊は勝手に自分のせいにされて不本意だったことだろう。申し訳ない。


 雪乃はいそいそと夕飯の材料らしきものを冷蔵庫にしまい始めた。


 いつも優しくて柔らかい雰囲気の雪乃はあの妹とはまるで正反対だ。


「あ、そうだこれ今月分のお小遣いね」


 雪乃は自分のバックから茶封筒を取り出し、俺に渡した。


「いつもごめん雪乃。今月こそは新しいバイト見つけるから」


 俺が前のバイトをクビになってからと言うもの、雪乃はこうして俺を養ってくれていた。


 良くない関係だということはわかっている。


 俺は、大学生になるまで俺を男手一つで育ててくれた真尋さんに、もうこれ以上迷惑をかけまいと決意して、大学からは自分でなんとか生計を立てようとバイトを始めた。


 奨学金なども頼りながらではあるが、それなりに自分でなんとかやっていた。


 だが、3ヶ月前のことだった。頼りにしていたファミリーレストランのバイトをよくわからない理由で突然クビにされてしまったのだ。


 そんな時、声をかけてくれたのが、ファミレスの常連客だった雪乃だった。


 今だけ、今だけだと思いながらもう気づけば雪乃に頼ってから3ヶ月も経っていた・・・。


「最っ低」


 風呂場の方から冷たい声が聞こえ、振り返ると妹様がゴミ虫を見るような目でこっちを見ていた。


「だ、誰?」

「ち、違う!」


 妹に女の人にお金をもらっているところを見られたこと、雪乃に女の子を家に入れているのを見られたこと、俺は一体何に焦っているのか。


 雪乃と妹様の間をあたふたしている俺はまるで修羅場に遭遇した男だった。


「ヒモ男」


 妹様はそう言い放ち、部屋を出て行った。





「家出?」


 散らかった部屋を片付けながら、雪乃は言った。


「なんか不良っぽい感じだったから、多分初めてじゃないと思う」

「そっかぁ・・・でもこの辺りの子じゃないよね。かわいい制服」

「そう、だな」

「どこの学校なんだろうね」

「・・・」


 俺が黙り込んでいると、雪乃はスマホを取り出し、何かを調べ始めた。


「あ、これかな?」


 雪乃が見せてくれたのはあの子が着ていた制服と同じものだった。


「すごい・・・これ、アリア女学院の制服だよ」

「アリア女学院?」

「そうそう。なんとなく見たことあるなと思って調べたの。そしたらやっぱり」

「有名な学校なの?」

「知らない?横浜にある超お嬢様学校だよ〜」

「お嬢様・・・」

「大丈夫かなこんな時間に外歩いて。お嬢様ならなおさら・・・」

「・・・」


 そうだとすれば、あの偉そうな態度も説明がつく。



 俺はあの日のことを思い出していた。


 あの日、父さんは仕事から帰ってきて、すぐ帰ってくると言ってまたどこかへ行ってしまった。


 小さかった俺は一緒に行きたいとも、行かないでとも言えず、ただただ父さんの帰りを待った。


 それから、父さんが帰ってくることはなかった。


 もしあの時、自分の気持ちを父さんに伝えていたら、自分のしたいように父さんについて行っていたら、俺はひとりぼっちにはならなかったかもしれない。


 今更意味がないとわかっていても、何度もそんな風に後悔した。


 今、もしあの子が行くあてもなく彷徨って、誘拐でもされたら・・・もし何か事件に巻き込まれて、もう二度と会えなくなってしまったら・・・いろんな考えが頭を巡った。


 俺は立ち上がり、気づけば家を飛び出していた。


「え!あ!気をつけてね〜!」


 雪乃の心配そうな声が背中に聞こえた。



 走りながら、良くないことばかりが何度も頭に浮かんだ。


 もう誰も俺の前からいなくなって欲しくなかった。


 思えば、あの時名前しかきちんと聞いていなかったじゃないか。


 家出の理由も、歳も、どこに住んでいるのかも、俺はあの子のことを何も知らないままだ。


 今日出会わなければ、あの子がうちに来なければ、他人のままで、何も関係のないままであの子がどこに行こうと何も知らなくていい、関係ないと思えただろう。


 でも、もう違った。


 本当の妹かそうじゃないかは今はもうどうでもよかった。


 ただ、無事でいてほしい。そして、もう一度会いたい。その思いだけが頭の中をぐるぐると回り続けた。



 


 家を出てどこに行ったのか。あの子のことを何も知らない俺には全く検討がつかなかった。


 もう自分の家に帰ったのかもしれない。それならそれでよかった。諦めそうになると、何度もそう自分を納得させようとした。


 でも、その度に「行くところがない」、そう言ったあの子の顔が頭をよぎった。


 この辺りは住宅街になっていて、人通りは少なかったが、ここを抜けて大通りに出ると、人の数も店も増え、そこに行ってしまわれてはもう見つかる手立てはなかった。


 あらかた探し回って、半ば諦めかけながら、家の近くのコンビニに戻ると、コンビニの前に背の高い警察官が立っているのが見えた。


 まさかと思い、近づいてみると、あのベージュの髪が見えた。こちらの気も知らず、のんきにアイスなんかを食べている。


 俺は気が抜けて大きなため息をついた。


 無事でよかった。


 日も暮れた時間に制服で出歩いていたのが悪かったのか、あの髪色が悪目立ちしたのか、妹様は職務質問を受けているようだった。


「住所と親御さんのお名前、ここに書いて」

「住所はわからない」

「じゃあ大体でいいから」

「親とは離れて暮らしている」

「そしたら誰か迎えに来てくれる人の連絡先とかわからないかな」

「・・・帰る場所はない」


 見事に警察官を困らせていた。


 俺は、息を整え、声をかけた。


「すみません」

「なんだ君は」

「えっと、俺は・・・」


 俺は、この子のなんなのか。


 一瞬考えて、ふと仏頂面でアイスを食べているその子を見た。


 その子はまっすぐこちらを見ていた。


 目の下には俺と同じ涙ぼくろがある。


 そして俺は当たり前のように言った。


「この子の兄です。ご迷惑をおかけしました」


 妹様はなぜか俺を見て驚いた顔をしている。


 迎えに来てくれたことに驚いているのか、それとも兄だと言った事に驚いているのか。


 どちらにせよ、またこうして顔を見れてよかった、そう思い、俺は妹に笑いかけた。


「お兄さんが迎えに来てくれたならよかった。気をつけて帰るんだよ」

「ありがとうございます」


 警察官はこちらに微笑みかけ、帰って行った。





「まさか女に金をもらっているとはな」


 妹様は俺の横を歩きながら不機嫌そうにそう言った。


「すみません・・・」

「私に謝ってどうする」

「はい・・・」

「金がないのか」

「バイト、クビになっちゃって」

「クビ?」


 俺は都に素直に話してもらうためには、まずはこちらが素直にならなければ、そう思い、ありのままの自分で話すことにした。


 まぁ、正直なところ、今日妹ができたばかりの俺に、兄としての威厳のようなものを持つ余裕なんてなかったのだ。


「なんか俺のせいで殴られたとか良くわかんないことを言う客がいたらしくてさ。それで」

「・・・」

「どうかした?」


 てっきり威勢良く言い返してくるだろと思ったが、妹様はなぜか黙って考え込んでいる。


「いや、なんでもない」

「そういえばさ、その制服、アリア女学院の?」

「ああ」

「お嬢様か〜。兄妹でこんなにも差がつくもんかね」

「差?」

「片や女に養ってもらってるヒモ男、片やお嬢様学校に通う令嬢、兄妹とは思えない大きすぎる差だよ」

「それでもあんたは私の兄だ」


 都は前をしっかり向いたまま確かにそう呟いた。


 態度がでかくて自己中心的だが、どこか、何にも揺らがない強い芯のようなものを感じる子だった。


 てっきり嫌われてしまったものだと思っていたが、どうやら兄と呼んでくれるらしいことに俺は嬉しくなった。


「なんか、慣れないな」


 俺は照れながらそう呟いた。


 22歳の春、俺に妹ができた。


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