家出しました
「はじめまして。妹です」
まさに青天の霹靂だった。
今朝のこと。
いつも授業開始ギリギリになって教室に滑り込む俺は、まだ大丈夫と布団に包まれながらぼやけた頭でスマホゲームをしていた。
時々、田鶴見雪乃から他愛のない挨拶や今日のご飯のことでメッセージが来ていたが、朝はどうも返信する気になれず、既読もつけずにいた。
遮光カーテンの隙間からは春らしい日差しがポカポカと差し込んでいた。
ピンポーン。
インターホンが鳴ったが、宅配は頼んでなかったし、どうせ何かの宗教か新聞屋さんだろうと思い、布団の中から出る気にはならなかった。
ピンポーン。
しつこいな。悪徳宗教に違いない。・・・いや待てよ、もしかして大家さんか?あれ、俺今月の家賃払ったよな・・・。
ピンポーン。
やっぱりそうだ!
・・・考えれば考えるほど家賃を払い忘れている気がしてくるのだった。
雪乃に余分にお金をもらっておけば良かったと後悔していたその時だった。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポンピンポンピンポーン。
ああ、あの優しい大家さんがめちゃくちゃ怒っている・・・。もう、出よう。出て謝ろう。
俺は重い体を引きずってようやくベッドから這い出た。
ピンポーン。
「はいはい!すみません!今出ます!」
おぼつかない足取りで玄関に向かう。
「すみません、今日払おうと思ってて・・・」
怒られる決意をし、ドアを開けると、そこには女の子が立っていた。
長いベージュの髪に白い肌、緑色の瞳。紺色の制服の上には金色の龍が描かれたスカジャンを羽織っている。なんともパンチのある見た目だ。
女子高生は大きな瞳でしっかりと俺を捉え、ピンク色の小さな唇を動かした。
「はじめまして」
「は、はじめまして」
華やかな顔立ちとは相反してクールな印象の声だった。
起き抜けの姿で出てきた自分が急に恥ずかしくなり、変な声を出してしまった。
全く面識のない人だ。きっと部屋を間違えたのだろう、そう思った。
「妹です」
「え?」
女子高生は表情を変えずにそう言った。
「妹です」
「えーっと、多分部屋間違ってるんじゃないかな?お兄さんの名前は?」
今の時代、女子高生?を妹と呼ばせてデリバリーするサービスみたいなものがあるのかもしれない。もし本当にそうで、こんなに可愛い子が来るなら使ってみたい。
「花咲千景」
「それは俺だな」
どういうことだ。新手の美人局か。後でお金請求されるやつか。
「ええっと・・・俺、兄妹はいないけど・・・」
すると女子高生は、おもむろにギラギラしたケースに包まれたスマホを取り出した。何かを調べているようなので、やはり部屋を間違えたのかもしれない。
女子高生は顔を上げ、スマホ画面をこちらに向けて言った。
「これ」
それは今目の前にいる女子高生と一人の女性が一緒に写っている写真だった。
その女性は俺が知っている女性だった。
母さんだ。
写真でしか見たことがなかったが、優しい目元や小さな口、それから俺と同じ左目の下の泣きぼくろが間違いなく母さんであることを証明していた。
「これ・・・」
「ママ。私とあんたの」
「え・・・」
そう言った女子高生の左目の下にはしっかりと泣きぼくろがあった。
「まじか・・・」
俺には両親がいない。
俺を産んですぐ、母親は出て行ってしまったそうだ。
父親は4歳になる頃まで俺を育ててくれたが、その後事故で亡くなった。
それから俺は父親の弟である真尋さんに育てられた。
そんなわけで俺は母さんという人に会ったことがなかった。父さんが残してくれた写真でのみその姿を認識していた。
この子の言葉全てを信じることはできないが、母さんが俺を産んですぐにいなくなり、どこか別の場所で幸せに暮らしていたとするならば、俺に妹がいてもおかしくはなかった。
「で、その妹ちゃんがどうして今更俺のところに?もしかして母さんも一緒?」
「いや、来たのは私一人だ。家出した」
「い、家出!?」
「行くところがない。泊めてくれ」
「はい!?そんないきなり・・・というかそもそもなんでここが」
たとえ本当に妹だったとしても、急に現れた女子高生と一つ屋根の下はどう考えてもまずい。
「兄がいることは知っていた。仲間に協力してもらってあんたのことをいろいろ調べた」
最近の高校生は侮れない。
「と、とにかく、その制服!まだ高校生だろ?うちに泊めるなんて無理だ。友達とか・・・」
「友人たちの家は全部バレている。もうここしかない」
「ええ・・・」
相当帰りたくないようだ。
俺は半分パニックだった。
22年間いないと思っていた肉親がこんな形で突然現れるなんて・・・。
でも、うちには泊められない。
「家に帰れ。悪いけどうちには泊められない。じゃ、俺学校あるから!」
俺は扉閉めた。
扉の内側で耳をすますと、あの子がどこかへ行く靴音が聞こえた。
家出なんてだめだ。
あの子は俺と違ってちゃんと愛してもらってるんだ。これまでも、今も。
その愛にきちんと向き合うべきだ。
少し意地悪だったかもしれないが、それがあの子のためだと自分に言い聞かせた。




