9.厳しい嘘と読めないニコラス
「えっ!?いや、いやいやいや、ちが、違う違う!」
「でも今自分で言ったじゃん」
「いや、結婚は本当にしてなくて!」
「じゃあ何今の」
やたら不機嫌なニコラス。
おそらく、自分が偽の契約恋人を頼んだ相手が既婚者を隠していた、というところに怒っているのだろう。
…全く持って既婚者などではないのだが。
(というか、生涯において恋人なんて方がいたこともないのに…!)
うっかり口から出てしまった言葉をどうやって取り繕おうか、必死に頭をフル回転させる。
「……………じ、実は、友人の話なんだけど」
「はぁ」
「友人がね!友人か、恋人や結婚相手なんていないのに、『結婚したらしい』っていう身に覚えのない噂を流されたらしくて」
「…友人ね?」
「そう、友人がね!思い当たることもなければ、噂の出処もわからないから、どうしたらいいのか悩んでるっていう話を聞いて…そのことを、自分に置き換えて考えてたらうっかりそのまま口からででしまって!」
笑顔で押し通す私とニコラスは無言のまま考え込むニコラス。
…厳しすぎる。
自分で言ってて流石に嘘が厳しすぎると思った。
ニコラスはとても鋭い。絶対に嘘だってバレている。
でも、私が結婚していないのも、恋人がいないのも、そこだけは本当なのだ。
どうか深く追求しないでくれと、強く念を込める。
そんな私の思いが通じたのか、わざとらしくため息を吐いてニコラスはこう言った。
「…ま、レヴィに旦那様がいないならそれでいいんだけどさ。流石に、既婚者にこんなこと頼むのは気が引けるし」
「それは本当にいないから!誓っていない!」
その言葉に、ニコラスは少し機嫌を直したようだった。
「ならいいけど。…で、そのレヴィの友人とやらが、くだらない噂に翻弄されて、その噂の出処に悩んでる、ってこと?」
「そ、そうそう。…その子は貴族だから、身に覚えのない噂が自分の両親の耳に入ってしまったらどうしようって。貴族も大変よね〜…はは…」
ひとまずニコラスも私の嘘に乗ってくれたようだ。
話はここで打ち切り。そう思って、荷物の準備ができたから帰ろうと声をかけようとしたときだった。
「本当に、全く身に覚えがないのか?…例えば、その子のことを好きな誰かが、勝手に噂を流したとか」
「えっ」
「なに?」
「あ、いや…。えー…っと、うん、ないと思う。男性に沢山アプローチとかするような子でもないし、どちらかというと大人しい感じだし…?」
(そ、そこを掘り下げるの?というか、なんでニコラスはこの話に乗り気なの…!?)
何故かニコラスがこの話を続けてきた。
私としては、どこかでボロが出そうなため、早々に打ち切りたい。
あと、自分のことを、友人の話として改めて考えて人に話すのは、とても恥ずかしかった。
「ま、でも、同名の違う方の話かもしれないから。噂も、この間一度聞いたのみってことだし、ひとまずは大丈夫だと思うわ」
「…ふーん。まぁ、大事になってからじゃ大変だからな。城内の噂話なら、俺もある程度気にかけておくよ。…多分、レヴィ達よりよっぽど多く噂が入ってくるからさ」
ニコラスはそう言って肩をくすめながら笑ったかと思うと、急に興味がなくなったのか私のまとめた荷物を手に持った。
「え、ちょっと」
「もう終わっただろ?」
「そうだけど、自分の荷物は自分で持つわ」
「いいよ、階段下りなきゃだし。馬車まででも多少距離あるんだから、こういうときは恋人に甘えておきな」
そうしてニコラスは、空いた手でサラリと私の頭を撫で、何故か満足そうに荷物を持って一人部屋を後にした。
「…!?契約の、だからね!?」




