10.期間限定の新職場
そんなこんなで慌ただしいお休みを過ごし、ニコラスの家に居候してから初めての出勤となった今日。
いつもの執務室に入るやいなや────
「レヴィ!!」
「わっ!ニーナか、おはよう。何かあった?」
同僚のニーナが抱きついてきた。
「何かしかないけど!?ねぇ、あれどういうことなの!?」
そう言いながら彼女が指を指す先には、例の辞令に関する書面が貼られていた。
『───により、三ヶ月を期間として、法務第一課・レヴィ女史をニコラス・グルダ卿の補佐官として任ずる』
「あ〜…ね、これね…なるほどね。こんなに大々的にね…」
「驚いてないの?…ということはレヴィは織り込み済み、つまり、やっぱりニコラス様とレヴィって禁断の愛とかそういう…!!」
「違う違う、何その世界。戻ってきてニーナ」
ニーナはこう見えて伯爵家の末娘だ。
ただ、こちらも貴族然りとしたタイプではなく、明るくさっぱりとした性格で、仕事もしっかりこなす頼りな同僚である。
私が初めてここに配属された日に、最初に声をかけてくれたのがニーナだった。
多少恋愛ごとに憧れている節があり、スイッチが入ると急にこのようなことになるのだが。
ニーナには後ほど詳しく話すと説明して、荷物をまとめてニコラスの執務室へ移動する。
ちなみに今朝も一緒に行こうと言われたのだが、絶対に嫌だと断って無理やり一人で登城した。
(こんなに大々的に辞令が出されるんだったら、本当に一緒に行かなくてよかったわ)
そんなことを考えながら、高官達の個室が連なるエリアへ移動し、その中の一つであるニコラスの執務室にノックをして入ろうとすると、何故か勝手にドアが開かれた。
「いつまで荷物持ってそこ立ってんの?」
「わぁ!急にドアを開けないで!びっくりした…今来たばっかりよ」
「まぁまぁ長いこといたと思うけど、考え事か?」
何故私が立っていることがわかったのかはわからないが、ニコラスが痺れを切らしてドアを開けてくれたらしい。
さらっと私の抱えた荷物を手に取り、さっさと室内に戻っていくニコラス。
申し訳程度に書類の山が片付けられた補佐官用の机の上へ、ダンボールにまとめただけの荷物がドサリと置かれた。
そうしてこちらに振り返り、ニヤニヤした顔を向けてくる。
「彼女がいつまでも部屋に入ってこなかったら、流石にオーラでわかるんだよな〜」
「…彼女じゃなくてほ・さ・か・ん!公私混同はなしね」
「え、イチャイチャしないの?二人きりなのに」
「しないでしょ!?」
二人きりなどと言ってはいるが、ドアを挟んで廊下と室内で会話をしている状況だ。
誰かに聞かれたらたまったものではないと、慌てて室内に入りドアをしめる。
「ニコラスって、そういうキャラだっけ?」
「一応、恋人にはそういう感じのほうがいいかと思って」
わざとらしくジトリと彼の顔をみても、本人はどこ吹く風といった様子で楽しそうにヘラヘラと笑っている。
朝から疲れるのも嫌なため、大きな深呼吸をしてすべてを飲み込み荷物の整理を始めた。
「この机、ジャンさんの荷物とかはそのままになってるの?」
「いや、流石に三ヶ月だからね。一旦ダンボールにまとめて片付けておいたから、レヴィのものを自由に置いていいよ」
ニコラスの言う"片付ける"という言葉を信じていいのかは怪しいが、ひとまず自分の荷物を引き出しなどにしまっていく。
(…後で、念の為そのダンボールもみてみようかしら)
…ジャンさんが戻ってきてから発狂してしまわないように。
ジャンさんとは、挨拶を交わす程度の仲でしかないのだが、私の中ではすでに親近感が湧き上がっている。
ジャンさんに同情しながら荷物をまとめ、業務ができる状態になった辺りで、見計らったようにニコラスが声をかけてきた。
「とりあえず、俺の業務と、今までジャンがやっていた業務、それとレヴィに頼みたいことを説明するね」
ニコラスは主に、法務系の高位官吏として働いている。
つまるところ、法務課をまとめるトップのようなものである。
そのためか、法務第一課の私がニコラスの補佐官になることには、さほど異論もなくスムーズに認められたらしい。
法務第一課の室長は、私がいなくなることでの業務効率低下を嘆いてたそうだ。
認められているのは嬉しい限りである。
そして、改めて、これまでニコラスの補佐官を務めていたのがジャンさんである。
ジャンさんは主に、この部屋でニコラス宛に届けられる書類の選別、関係各所への対応依頼、会議への同行…などなど、言葉通りニコラスの補佐業務を一手に担っていたそうだ。
(ニコラスが事務周りの業務が苦手なことを考えると、法務課全体としてどこかで影響がありそうな状況だったのね…)
「レヴィに頼みたいこととしては、ひとまずこの室内の整理と、届く書類の分別。後は都度俺が依頼するから、それらの雑務対応って感じかな」
「わかった。簡単に言うなら、ジャンさんの簡易版?みたいな感じかしら」
「とりあえずはね。会議の同行とかはしなくていいよ、やっぱりまだ頭の硬い奴らが多いからさ。女性が出てくると面倒くさいことを言うやつもいるし」
正直その申し出はとてもありがたかった。
ニコラスの言うとおり、私達の国ではまだ女性の地位が若干低い。
爵位継承が女性に認められていないのも、その辺りから来ているのだろう。
昔よりはずいぶん変わったそうなのだが、まだまだ偏見が残ったままな人もいることも事実だった。
個人的には、女性の地位も上がってほしいし、そのためにもせっかくなら自分が先頭となって会議に出て見たい気持ちもある。
ただ、あまり高位貴族の多い場所に行くとなると、身元がバレてしまう可能性もその分高まってしまう。
やりたいことと出来ないことの葛藤を抑え、悔しいがそこは、心の中でニコラスに託すこととした。
「第一課に色々担当してもらってた女性の爵位継承の件あっただろ?まずはあれが認められたら、多少は偏見も無くなりそうなんだけどなー」
「…仕方ないわ。古くからの監修や考えを変えるというのは、歴史を振り返って見ても大変なことだもの」
「まぁな」
思わず頭に浮かんだ我が国の高官達の顔を思い、二人で苦笑いをする。
「でも、俺がここのトップであるうちに、できることはやりつくそうと思ってるけどな」
「…へぇ」
少しだけかっこいいと思ってしまった。
バレるのは悔しいので素っ気ない返事になってしまったが。
確か、ニコラスと初めてあった日も、彼が会議で利用する資料を図書館で探していたとかだったと思う。
かなり古い年代の資料まで遡っていたので、思わず声をかけて手伝ったのだが、あの日も確か…
『高齢の高官達に、若手だからってくだらない事までやたらと質問攻めされて本当に腹立つんだよな。それならこっちは、全方位に完璧な論理を準備して論破してやろうと思ってさ』
とかそんなことを言っていた気がする。
「…ふっ」
「えっなに、俺今なんか変なこと言った?」
「ううん、なんでもない。こっちの話」
思わず思い出して笑いそうになり、慌てて誤魔化す。
ニコラスのそういうところは、結構好きだな、と思った。




