4.ニコラスのお願い①
「じゃあ一つ目の方だけど」
ニコラスは、わざとらしく背筋を正して咳払いをし、かしこまった態度で話し始めた。
「俺の補佐官だったジャンは知ってる?」
「知ってる、ってほどではないけど…」
何度か見たことのある彼を思い出す。
この執務室にいつ来ても書類の山を片付けていたと思う
「あなたの補佐官で…まぁ主に、この部屋の均衡を保ってた方よね?」
「そうそう。…実は、そのジャンが骨折しちゃってさ」
「骨折!?」
ニコラスの話によると、仕事中に腕を骨折してしまい、三ヶ月ほど休職することになったそうだ。
「…文官なのよね?…腕、骨折することってあるの?」
「まぁそこは…あんまり深く触れないほうがいいんじゃない?とにかく、そのせいで、この部屋が今の惨状ってわけ」
改めてちらっとあたりを見渡してみる。
先程少し書類を片付けたとはいえ、ギリギリ足のふみ場があるかないか、と言ったレベルで、床にはたくさんの書類が散らばっていた。
「…まぁ、それはわかったけど、それが私にどう関係するの?」
「三ヶ月間だけ俺の補佐官として働いてほしい」
「お断りします」
「即答!」
絶対に嫌だ。確かに、私は結婚して家のために…というよりかは、自分で働いて生きようと思って家を出たことは間違いないが、ここまでの激務は求めていない。
し、そもそもニコラスの補佐官というのが嫌すぎる。
なんとなく相性悪そうだし、私達。
「わかった。じゃあ先にもう一つの方を聞くわ。そっちは何なの?」
「俺の恋人のフリをしてほしくて───
「帰る」
「ちょ、待てって!」
椅子から立ち上がろうとする私を制するニコラス。
この人、絶対に依頼相手を間違えている。両方共。
私がジトっとした目でニコラスを見ると、彼はいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべた。
「お願い!困ってるんだって〜」
「困ってる様子がなさすぎるんだけど」
「え!?本当だって、見ろよ足元。書類散らばってるじゃん」
「じゃあ、百歩譲って補佐官の方はともかく、恋人はあなたの方でどうにかしてよ!」
「だから今こうして頼んでるんだろ?」
「意味がわからない!」
「というか、先にレヴィが話を聞きたいって言ったんだろ?両方共深い訳があるんだって」
「絶対ない…」
ニコラスの話によると、ジャンが骨折した次の日から部屋が常にこの様子らしく、何故か彼ではどうにもできないらしい。
ついでに言うなら、ニコラスは文官のトップに近い立場だ。
当然、様々な部署から重要な書類や連絡が来る。
今までは、ジャンがそれらを処理し、ニコラスに伝えていたそうなのだが、まずそこが怠っている。
挙句、この部屋に直接仕事の用事に来た文官からもクレームが出ているらしく、つまるところ業務に支障をきたしているそうだった。
「まぁ、私がこの部屋に書類を届けるってなっても文句を言うかも…」
「正直自分でもどこになんの書類があるのかいまいちわからなくなってきててさ」
「…いや、とりあえず書類は種類ごとにまとめるだけじゃないの?…なんでできないの?」
「そんな暇はない」
「……」
「いや、本当だから!片付け嫌いなのもあるけど時間がないのも本当!」
「嫌いなんじゃないやっぱり!私は突発の雑用係じゃないんだけど!」
「そんなつもりで頼んでないって!ちゃんとレヴィの仕事ぶりをかって依頼してる。…頼むレヴィ、そっちの部署には俺から説明するし、とりあえず3ヶ月でいいからさ」
というかもうこれは、私が折れるまで引かないんだろう。
ニコラスは結構こういうところがあるのだ。
私は観念して大きくため息を吐いた。
「…わかった。とりあえず、じゃなくて、絶対に三ヶ月、ね」
「レヴィ〜!」
「そのわざとらしい嘘泣きやめて!ねぇ、今の話本当に聞いてた?」
「もちろんわかった。三ヶ月でいい!じゃあその間、恋人のフリもよろしく」
「それは断ったでしょ!?」




