3.ニコラスという人
「適当に座って。今、飲み物を入れるからさ」
「適当に…って、、座るところがないじゃない!」
足を踏み入れて、真っ先に出た言葉がそれだった。
「ニコラスって本当に片付け下手なのね…ってまって、飲み物もいいわ!前に入れてもらった紅茶、渋すぎたもの!」
「でも俺は何か飲みたいから」
「…じゃあ私が入れる。だからあなたは、この書類の山を片付けて。今すぐに」
「え〜…」
文句を言うニコラスを横目で睨みつけながら、紅茶を入れる準備をする。
ニコラスはこう見えて生活能力が低い。
…というか多分、あんまり興味がない。
散らかっている書類は必要なときに探せばいいし、飲み物は胃に貯まればいい。多分そういう感じなんだろう。
以前、私達が図書館で初めてあった日に、彼の執務室まで資料を運ぶのを手伝ったことがある。
あの日、初めて彼の執務室に入ったとき、あまりに室内が汚すぎて、思わず大声を上げて怒ってしまったことが懐かしかった。
簡単に紅茶を入れてニコラスの方を見ると、まぁ及第点といったレベルで、座るスペースが確保されていた。
「はいどうぞ」
「ありがと。おぉ、久しぶりに味のする紅茶飲んだかも」
「…普段何を飲んでるの?というか、家には帰ってるの?」
「さぁ?喉が乾いたときに適当に入れて飲んでるから、何を飲んでるとかはよくわかんないんだよな。当たり前に家には帰ってないし」
「家に帰らないことを当たり前にしないほうがいいと思うけど」
家出娘が何を言ってるんだろうと言う話ではあるが。
ニコラスは、仕事が忙しすぎて全く家に帰ってないらしい。というか、正確には"帰る暇がない"らしかった。
以前聞いた話では、ニコラスは、どこかの伯爵家の次男と言っていた。
家督はお兄様が継がれるそうで、自分は仕事をして生きたいという意思をもっており、それを家族が尊重してくれているそうだ。
そのため、彼自身も今の生き方に満足しているらしい。
そうであったとしても、生活能力の皆無な彼が、家に帰らず城に寝泊まりをするのは、様々な点で不安が残るところではあるが。
(私とは真反対ね)
ご両親に認められながら仕事に生きるニコラスと、家を逃げ出して仕事に生きている私。
似ているようで似ていないな、とぼんやり思いながら、紅茶を一口飲んだ。
「で?」
「ん?」
「ん?じゃなくて!話っていうのは?」
「あぁ!ん〜…実は二つあるんだよね。一つは仕事の事、もう一つは、ちょっとプライベートの話なんだけど」
「…じゃあ、仕事の話だけをお願い。プライベートの方は興味ないから」
「そんなこと言うなよ。俺達の仲だろ?」
「全くもってそんな仲ではないと思いますけど!?」
ケラケラと笑うニコラス。
そんな軽口のニコラスから出てきた相談が、まさかこの先の私の人生に大きく大きく関わってくるとは、このときはまだ知る由もなかった。




