13.やっぱりわからない男
唐突な出来事に呆気にとられていた私だったが、ドアに鍵のかかる音でハッとして我に返った。
慌ててニコラスの胸元を腕で押し返し、距離を取る。
「ニコラス…さっきの、なんなの。あれ」
「さっきのってどれ?」
「全部!キスするフリとか恋人だって言い張るとか…普通に考えたらエレーヌ様の主張が正しくなっちゃうじゃない!」
いや、言われて思ったのだ。
どう考えてもエレーヌ様の言うとおり、公私混同がすぎる。
職権乱用が過ぎるだろうと。
自分の補佐官が怪我をしたから、代理で別の文官を三ヶ月だけ補佐官として任命します、それは自分で選びます。
実はその文官は彼女でした。
傍から聞いたら職権乱用以外のなにものでもなさすぎる。
「彼女を補佐官にしたなんて触れ回ったらどうするの!?」
「『そんなことする公私混同のダサい男だと思わなかったわ!』って諦めてもらう作戦なんだけどな〜」
「そういうタイプのご令嬢じゃないでしょ、彼女は」
そんなことで諦めるようなタイプではないだろう。
ニコラスのことは本気で好き(というか、崇拝の域)のようだし、それで諦めてもらえるなら今までが取り越し苦労と言ったところだ。
「ね、俺も改めて思ったかも」
そしてニコラスはニコラスで考えが軽すぎる。
これでは、私の評判もニコラスの評判も落ちるだけになってしまう。
というか、確実に上司や高官に触れ回る。
明日からどういう顔をして登城すればいいんだ。
頭を抱えて悩んでいると、イヤに真剣な顔をしたニコラスが呟いた。
「ていうか、それだけなの?」
「え?」
「さっき、キスしようとしたのに…そこはなんにも無し?」
「…え?」
一瞬、本気で何を言われているのかわからなかった。
(キス?この期に及んで、そこ…!?)
「えーと…うん、あの、予め言っといて貰っていい?そういうことは」
「言えばしてよかったの?」
「だめに決まってるけど!?」
「何だだめか、じゃあやっぱ勢いか〜」
「まって、勢いってどういうこと?ニコラス?」
私の問いかけは完全に無視して、というかそうか〜…などと何やら一人でブツブツと言っているニコラス。
(え、本当にそこなの?というかそこだけなの?しかも意味わからないし)
絶対にそこよりも先に気にするべきところがあるだろう。
明日、エレーヌの父であるドモン公爵から、関係各所に私達の関係が広められ、私達の関係が追求されたらどうする気なのか。
いっそ、偽の関係とバラすしかないのか?
というかやっぱり設定の爪が甘すぎる、モンモンとそんなことを考えていたら、一人考えていたことは納得したのか、やはりどこかヘラヘラとしたニコラスがこう言った。
「ま、そのへんは一応考えてるから安心して?多分どうにかなるからさ」
「多分、じゃだめでしょ!?」
「じゃあ絶対で」
「…あのね、私は最悪ここをやめて市街で働くでもいいけど、あなたはせっかく次期宰相候補と言われてるのに。こんなくだらない嘘で白紙になったら、本当に、」
「俺から持ちかけたんだから、そんなことまで気にしなくていいんだよ」
「でも!」
「自分のことより俺のことばっか考えてくれてさ、やっぱりレヴィは優しいな」
「今は、そういうのいらないから」
ニコラスのこういう発言は、どう受け止めていいかわからないから苦手だった。
ニコラスもわかっててからかいで言ってるのだろう。
複雑な表情をする私の頭を、また優しく叩いて自責に戻っていくニコラス。
「まぁ本当に大丈夫だから。強力な助っ人がいるんだよ、俺には」
「なんなの助っ人って」
「まぁそれは追々…。でもさ、エレーヌ様がこんなに早く退散したのは初めてなんだよ。やっぱりレヴィに頼んでよかったわ、ありがとう」
この会話はもう終わりと言わんばかりに、肩をすくめていつも通りのふざけた雰囲気をだすニコラス。
「…もう、勝手にして」
これ以上は何も教えてくれないのだろう。
本人が気にしていないのに私が気にしすぎても仕方がないか。
そう思うと、こちらもなんだかアホらしくなり、自席に戻って残りの業務をこなすことにした。
そしてその後も今日は大きな問題もなく、波乱の初日は終了した。




