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エスキープ 耐え続けて生き残った。  作者: 土ノ子 ウナム
最終章 終わりは突然に
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第47話 理解できぬ台本

第47話


 崩れ行く黒の世界が、白の世界と同化していく。

 黒で統一されていたはずの空間はすでにその輪郭を保てておらず、維持という概念そのものが揺らぎ始めていることを示すように、視界の端からじわじわと色が滲み出し、境界線は曖昧になり、どこまでが世界でどこからが空白なのかすら判別できなくなっていた。


 その中心で、キーパーは立っている。

 正確には――立っているだけで精一杯だった。

 動けないわけではない。だが、動くための理由、動くべき根拠、維持すべき対象、そのすべてが曖昧になり始めていることで、身体は機能しているにもかかわらず、意思がその動作を選択できない。


 頭の奥で、言葉が残響している。

 コード。

 プログラム。

 維持者。

 その一つ一つが、否定ではなく“定義の上書き”として侵食してくる。世界すら能力の範囲になった故に起きる処理の限界。

 むしろ処理に対する意思自体に限界がきている。


 そして。

 唐突に空間が裂けた。

 今までの亀裂とは明らかに異なる、もっと深い層から侵入してくるような裂け方で、まるで世界の裏側を無理やりこじ開けたかのような歪みが走り、その裂け目からまず最初に現れたのは――

 白い身体だった。

 力なく、ゆっくりと落ちてくるその姿は、落下というよりも“重力を失った物体が沈んでくる”ような挙動で、長い髪だけが遅れて揺れ、焦点の合わない瞳は何も映さず、そのままキーパーの前へとたどり着く。


 もう一人の、オプティマ・オリジン。

 エレメンタルマスター。


 ――完全に機能を停止した同一存在の残骸。

 その事実を認識した瞬間、キーパーの内部で何かが確実に軋んだ。


 だが、思考がそこに留まるよりも先に、さらに重い圧が空間を叩きつけるように降りてくる。

 五つ。

 同時に。

 黒服の男たちが、音もなく着地する。

 衝撃という概念が存在しないかのような無音の到着。代わりにその場に発生したのは“圧”だけで、まるで空間そのものが一段沈んだかのような錯覚を生む。


 彼らは動かない。

 構えない。

 だが、視線だけがキーパーに固定されている。

 その視線は敵を見るものではなく、対象を評価するものでもなく、ただ一つ――

 “処理対象を確認する視線”だった。

 次の瞬間、世界が歪む。

 認識が追いつかない。もはや何が起きているのか、何をしたら良いのか。キーパーには全てが曖昧であった。


 隙しかないキーパーの胴体が抉り取られ、視界が一瞬で反転し、遅れて激痛が脳に流れ込むが、それすらも“痛覚として処理される前に”次の現象が上書きされる。


 振り返った先にいる黒服は何も持っていない。

 だが、周囲の空間がわずかに圧縮されており、それがそのままキーパーの身体に作用していることで、肉体が潰されるのではなく“存在座標そのものが押し潰される”ような歪みが発生している。

 さらに別方向からの干渉が同時に走る。

 速度でも斬撃でもない、“結果だけが成立する現象”。

 右腕が消える。

 切断されたのではなく、最初からそこに存在していなかったかのように、情報ごと削除されている。

 続けて、炎が発生する。

 だがそれは熱ではなく、情報焼却。

 接触した部位の構成データが崩壊し、皮膚、筋肉、骨と順番に消失していく。

 それでもキーパーは立ち続ける。


 維持。耐久。

 維持。耐久。

 維持。耐久。


 あらゆる損傷を“現在の状態”として固定しようとするが、攻撃の速度と密度がそれを完全に上回る。

 五人が同時に動く。

 連携ではない。

 それぞれが独立して、最適解だけを叩き込む。


 空間が固定され、逃げ場が消え、時間が歪み回避が意味を失い、構造が分解されて身体が部品単位に戻され、再構築が阻害され、最後に“削除”が実行される。

 そのすべてが、重なる。

 キーパーは初めて後退する。

 足を動かしたのではなく、立っている座標が押し出される。

 維持が追いつかない。

 管理が機能しない。

 定義が揺らぐ。

 その瞬間。

 笑い声が割り込む。

 軽く、歪んだ声。


「もう……いいんじゃナイ?」


 ジョーカーが歩いてくる。

 何もしていない。

 ただ見ているだけで、すべてを理解している顔をしている。


 そしてその横で、エンペラーがゆっくりと動いた。

 視線の先は一つ。

 地に落ちたオリジンの死体。自身の片割れであり、自身と同一である彼女の光の無い目。

 エンペラーの手が、彼女の残骸に触れる。

 瞬間、空気が変質する。

 今までの切り替えとは明らかに違う。

 人格ではない。

 役割でもない。

 “根幹の再演”。

 呼吸、視線、姿勢、すべてが一致する。

「……ようやく、完成します」

 エンペラーは……いや、エンペラーすら演じていたドッペルアクターは、彼女"にもなる"。

 その声は、口調は完全にオリジンのものだった。


 生成者すら、台本となる。

 すべてを、飲み込む。そして果てることのない渇きの矛先は、キーパーへと向く。


 目が合うと同時に、キーパーの思考が止まる。

 拒絶が遅れて発生する。

「やめろ……それは……」

 だが、その言葉は意味を持たない。

「違わない」

 同じ声で、同じ存在が答える。

「これは、正しい処理」

 距離が詰まる。

 同一構造。

 同一存在。


 世界を生成するエレメンタルマスターと、完成した世界を維持するキーパー。

 

 二つは壊れて練られて混ざり合う。

 変質するのではなく、回帰する。


『あああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオレハオレは俺はおれは僕は私はアナタはオマエは貴様は君は………』


「ふ、ふふふ。最高の"台本"でしタ」

 

 決定的に異なる“選択”を行う二人。

「あなたは維持する」

「私は更新する」


 その言葉が、世界の前提を塗り替える。


 同時に、五人の攻撃が再び重なる。

 圧縮、焼却、分解、固定、削除。

 すべてが一斉に叩き込まれ、混濁を拒むキーパーの身体はもはや形を保てない。“維持そのもの”が破綻し始める。

「違う……違う……違う……!」

 否定が出る。

 だがそれすらもエラーとして処理される。

「あなたは」

「ただの古いコードなのだから」

 その一言で。

 すべてが切れた。

 視界が白に染まる。

 黒が消える。

 境界が消える。

 世界が溶ける。

 そして。

 維持が、停止する。


 維持という機能は、この世界に不要だと判断された。


 ――たったそれだけで、

 キーパーというコードは上書きされた。

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