最終話 救い無き結末
最終話
衝突した。
キーパーと、エレメンタルマスターを演じるドッペルアクターが。
――そしてそのまま、形を失う。
砕けたのではない。崩壊したのでもない。
二つの存在は、ぶつかった瞬間に“境界”を失い、互いの内側へと滑り込むように侵食し合い、輪郭という概念そのものを捨て去っていく。
維持と更新。
停止と変化。
相反するはずの定義が、拒絶することなく混ざり合い、溶け、絡み合い、渦となる。
やがて――
一点へと収束する。
円の中心で、光が生まれる。
残るのは黒く光る球体。
だが、ただの球体ではない。
内側と外側の区別が存在せず、表面は滑らかであるはずなのに、どこまでも深く沈み込めるような錯覚を孕み、その内部では無数の戦闘が、ただの数字の羅列となって更新され続けていく。
ログがループしているのではない。
“戦いそのもの”が、停止することなく生成され続けている。
それはもはや、戦場ではなかった。
――世界だった。
ヴァルハラの最小単位であり、そして、永遠に終わらない“マスターコンピューター”。
その球体を、少し離れた位置から眺めている者がいる。
ジョーカー。
その隣に、五人の黒服。
誰一人として驚いてはいない。
むしろ、それが当然であるかのように、ただ静かに観測している。
やがて。
五人の身体が、淡く発光し始める。
白。
それは侵食の色ではなく、帰還の色だった。
「さて」
ジョーカーが、振り返りながら軽く肩をすくめる。
「ヴァルハラでの皆さんの役割は終わりました」
その声音には、労いも感謝もない。
ただ、処理完了を告げるだけの平坦さがあった。
「約束通り、現実へと帰還させましょう」
五人は、何も言わない。
「あなたがたはそれぞれ戦争世界の英雄と呼ばれた者たち。現実で甦ったあとは自力で生きていけるでしょう」
彼らはヴァルハラというシステムに対して、外側から干渉するために投入された存在。
ジョーカーにとって、彼らの役割はすでに終わっていた。
光が強くなる。
輪郭が薄れていく。
「到達者となったアルティマは」
ジョーカーが、興味なさげに続ける。
「既にこの世界にいられても迷惑なだけですから」
その言葉と同時に。
五人の身体が、完全に光へと変換され、跡形もなく消えた。
残されたのは、球体と――ジョーカー。
そして。
「……結局、お前の目的は達成されたのか?」
背後から、声がかかる。
「なぁ、“ローゼン”」
その名を呼ばれても、表情は変わらない。
だが。
「ええ」
軽く、肯定する。
「おかげさまで」
ゆっくりと振り返る。
そこに立っているのは、アンダルフ。
かつて、生きたまま思考と自我をデータ化し、この世界へと送り込んだ。あのときの姿のままで。
「アンダルフ所長。知っていますか?」
「ジョーカー、というのは」
ローゼンは、どこか楽しげに語り始める。
「ヤマトに古くから存在するカードゲームにおいて、“どのカードにもなれる”存在のことを指す」
指を一つ立てる。
「つまり、役割に制限がない」
「演じるのでも、模倣でもない」
「――定義そのものに割り込む」
視線が、球体へ向く。
「この戦争は、もうすぐガルガンの勝利で終わる」
淡々とした口調。
「そして既に、オプティマスの総数はガルガンの人口を大きく上回っている」
「つまり、世界全体の戦力の中枢が、ここヴァルハラです」
一歩、踏み出す。
「つまり」
「ヴァルハラを制した時点で」
「世界を支配するということ」
結論だけが、静かに落ちる。
「僕はジョーカーの能力を用いて、この完成されたマスターに成り代わる」
球体を見つめる。
「そして、ヴァルハラを支配する」
「それだとマスターが二つ存在することになるぞ」
「ふ、ふふふ。これは不良品ですよ」
ジョーカーは球体を指差し、笑う。
「能力も、機能も、権限も一級品。ですが内部は未だに二つの自我が争い続けている」
この内部では、今もなお。
キーパーと、ドッペルアクターが戦い続けている。
終わることなく。
止まることなく。
永遠に。
「そんなこと……」
アンダルフが言いかけた、その瞬間。
アンダルフの身体が、崩れ始める。
ノイズ。
粒子化。
維持が切れる。
「……!」
「アナタは」
ローゼンは、淡々と続ける。
「この世界で永遠に戦わされ、生まれては死んでいくデータたちに同情したのでしょう」
「だからこそ、完全にクラッシュさせてマモノへと変換し、殺してやることが救いだと考えた」
わずかに首を傾げる。
「ですが」
「それは、役割の否定です」
断言。
「戦い続けること、それこそが彼らの役割」
「アナタの偽善独善で、それらを終わらせる権利などない」
アンダルフの身体が、ほぼ消えかける。
「なんと……愚かな……」
その言葉を最後に。
アンダルフは完全に、消滅した。
静寂。
球体だけが、そこに在る。
無限の戦闘を内包しながら、ただ静かに回転している。
「さて」
ローゼンは、わずかに笑う。
「ここからが、本番です」
その姿が、ゆっくりと揺らぐ。
輪郭が曖昧になり。
球体へと、溶け込んでいく。
声のない声が、ヴァルハラに響いていく。
◆
体が、ギシギシと鳴り上手く動かせない。
なんとか重い瞼を持ち上げると、視界に入ったのは、ひび割れた天井だった。
錆びた鉄骨。
剥がれた塗装。
崩れかけた壁。
そこは、どうやら使われなくなって久しい研究施設のようだった。
私は、ゆっくりと身体を起こす。
自分が横たわっていたのは、小さなポッドの中。
透明なカバーは開いている。
無意識に、銃を手に取ろうとするがどこにも見当たらない。
周囲を見渡す。
部屋には、同じ形のポッドがいくつも並んでいる。
その中には――人型の機械が眠っている。
無数に。
そして五つだけ。
ポッドが開いており、中は空だった。
私は、自分の体を、動かし方を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。
記憶が、繋がらない。
だが。
たった一つだけ、はっきりしていることがあった。
「……キーパーは」
口に出す。
視線を上げる。
崩れた研究所の奥へと。
「……キーパーは、どこに」
そう呟いて。
歩き出した。
■完結




