第44話 最後の街
第44話
デイブレイクタウンの門は、背後で静かに閉じた。
石と鉄が擦れる重い音が、やけに長く尾を引く。
振り返る者はいない。
キーパーは前を見たまま歩き出す。
レンとフィアーも、言葉を交わさずそれに続いた。
街の外は、静かだった。
整えられた区画とは違い、どこか輪郭の曖昧な景色が広がっている。
風が吹くたび、地面の色すら揺らいで見えた。
「……で、どこ行く?」
先に口を開いたのはレンだった。
軽い声だが、視線は周囲を警戒している。
「目的は変わらない」
キーパーは短く答える。
「シーカーとクラッシャーの捜索だ。そのためには情報収集をしなければ」
「つまり?」
「とりあえず、新しい街に行く」
間を置かず、そう結論を出す。
フィアーが小さく息を吐いた。
決まれば早い。
三人は進行方向を定め、そのまま歩き出す。
そのときだった。
――ノイズが走る。
耳の奥で、何かが擦れるような音。
ほんの一瞬。だが確かに“外から”入り込んできた違和感。
キーパーの足が、わずかに止まる。
「……?」
「どうした?」
レンが振り返る。
「いや――」
言いかけて、言葉が途切れた。
視界が、揺れる。
輪郭が二重にぶれ、色が滲む。
音が、遅れて届く。
そして。
『――プロトコル、再開』
頭の奥に、直接叩き込まれる声。
「……っ!」
次の瞬間、激痛が走った。
頭蓋の内側から叩き割られるような痛み。
思考が弾け、視界が白く飛ぶ。
『逸脱個体を確認』
『修正対象:エラー』
『排除を実行』
連続する“声”。
ミッションを通知するアナウンスのように。
「ぐっ……!」
膝が落ちる。
「おい、キーパー!」
レンが駆け寄る。フィアーもすぐに距離を詰めた。
「ど、どうした!?」
声は届いているはずなのに、遠い。
代わりに、別の“音”が膨れ上がる。
爆音。
鼓膜ではない。脳が直接受け取っている音。耐えきれず、歯が鳴る。
そのとき。
空が、裂けた。
音もなく。
だが確かに、空間そのものに亀裂が走る。
黒い線。
ひび割れのように、ゆっくりと広がっていく。
「……なんだ、あれ」
フィアーの声が低くなる。
レンも言葉を失っていた。
だがキーパーは――
(……知っている)
理由は分からない。
だが、これは“初めてではない”。
胸の奥に、別の記憶が引きずり出される。
誰かの声。
違う場所。違う時間。
そして。
“役割”。
『使命を思い出せ』
最後の一言だけが、鮮明に残った。
次の瞬間、音が途切れる。
亀裂が広がり、視界の端から白が侵食してくる。
◆
ナイトタウン。
かつての混沌は、形を変えていた。
ビルを中心に、数十の生存者たちが目をギラつかせて立っている。
騒がしさはない。だが、沈黙でもない。
抑え込まれた秩序。管理された静寂。
その中心。
高層ビルの最上階の広い室内に、五つの影が立っていた。
全員、黒服。
だが――同じではない。
一人は、直立したまま微動だにしない。
重心がぶれない。呼吸すら整いすぎている。
“訓練された人間”の完成形。
一人は、壁にもたれ、気だるく視線だけを動かしている。
軽薄に見えるが、その視線は常に何かを測っている。
一人は、“そこにいるのか”すら不安定な影。
視線を外した瞬間、存在が曖昧になる。
一人は、静かに周囲を観察している。
だがその目は、ただ見ているだけではない。構造を、関係を、解体するように見ている。
そして――
もう一人。
拘束され、椅子に固定されている“それ”。
動かない。
抵抗もしない。
顔は覆われ、ただ置物のように座っている。
室内の空気が、わずかに歪んでいた。
その中央で。
「刻が……きた」
エンペラーが言う。
低く、抑えた声。
だがその一言だけで、場の全てが収束する。
誰も、すぐには答えない。
だが拒絶もない。
理解している。
この男が“何を前提に話しているか”を。
一人が、わずかに前に出る。
「待ちくたびれたって」
微かにわらっている。
別の一人が、小さく呟く。
「ようやく、外に」
さらに別の場所で、気配が揺れる。
そこに“いたはずの何か”が、少しだけ位置を変えている。
観察していた男は、何も言わない。
ただ、エンペラーを見ている。
そして。
拘束された“それ”は――
動かない。
だが。
“視線だけが合った気がした”。
誰も、その事実を口にしない。
「ようやく始まる……いや、終わるんだネ♫」
「あぁ……配下の生存者たちもSランク直前まできた」
ビルの下に集まる。生存者たちを見下ろす。
そのまま視線を、遠くの空に向けた。
「そして、アイツのことも……」
誰もが理解する。
――ここから先は、戻れない。
摩天は、静かに動き出した。




