−8話
−8話
ナイトタウンを見下ろす高層の縁で、オレはネオンの海を眺めていた。
光だけは派手だが、人の気配は表に出てこない。建物の陰や路地の奥、窓の奥に潜みながら、互いを測り合っている。
この街の連中は、動かないことで生き残ることを覚えている。
下手に目立てば、雑に騒げば夜の帝王に"粛清"されることが分かっているからだ。
それ自体は間違っていない。
むしろ、この街では正しい選択だ。
(……そんな雑兵に興味はねえ)
探しているものがある。
“イレギュラーな存在”。
この世界の前提を逸脱する、明らかな異常。
これまでにも何度か、それらしい候補は見てきた。
逃げ続ける者。運よく生き延びる者。仲間に守られて生き残った者。
だが、どれも違った。
逃げただけだ。
“イレギュラー”なわけじゃない。
結局、全員“この世界の範囲内”だった。
「まだハズレ〜?」
背後から、気の抜けた声が飛ぶ。
ジョーカーだ。
「……ああ」
振り返らずに答える。
こいつは何でも知っているような顔をするが、決定的な部分だけはいつもぼかす。だから信用はしていない。けれど、利用はする。
視線をゆっくりと流す。
街の輪郭をなぞるように、ひとつずつ観察していく。
その中で、一人。目に入った者がいた。
路地を進む片腕の男。
周囲の視線を気にしているが、処理が遅い。無駄な動きが多い。
第一ラウンドを抜けたばかりの、新入りだろう。
(……弱いな)
そう判断する。
少なくとも、これまで見てきた候補と同じ。
期待する要素はない。
そこに、もう一人現れる。
ふざけたアヒルに乗った男。
新進気鋭のBランカー――“ライダー”。
そいつが、近づいていく。
(……さて、どうなるか)
なんとなくの興味本位。それだけの理由で十分だった。
特別じゃない。
今までと同じ確認作業。
爆発音に似たエンジン音が響き、次の瞬間には目では追えないほどのスピードで直進する。
回避不能の加速。
あの距離に、この速度。
(終わりだな)
今までと同じように、ただの確認で終わる。
――そのはずだった。
衝突音が響く。
ライダーの突進に対して、男には防御も何も無かった。
普通なら――ここで終わりだ。
コンクリートが砕け、看板が弾け飛び、鈍い音が路地に広がる。
本来なら、木っ端微塵。
だが。
『だ、誰だ!!』
「……は?」
思わず、声が漏れた。
男は受け身をとり、平気な顔をして立ちあがった。
吹き飛ばされ、叩きつけられたはずなのに、身体は潰れていない。
崩れていない。折れていない。
ただ、立っている。
(なんだ、それは)
思考が一瞬遅れる。
防御能力では説明がつかない。
回避ではない。
運でもない。
そもそも、この直撃で“立っている”こと自体が異常だ。
(おもしれぇ……!)
その間にも、ライダーが体勢を立て直す。
二撃目。
今度は確実に仕留めにいく動き。
(……待てよ)
(ここで恩を売っておけば……)
思考が結論に至るよりも早く、身体が動いた。
「ジョーカー、ワイヤーを頼む」
「チョット、便利屋じゃないんだケド」
わざとらしくプンプンと怒った仕草をしながら、下に降りるためのワイヤーを出すジョーカー。
文句を言いながらも、本当に興味が無いのなら、手伝うことなんかしない。コイツもきっと、気になったのだろう。
あの"異常性"を。
屋上から踏み出し、ワイヤーで滑り落ちながら距離を詰める。
このタイミングなら間に合う。
そして。
“自然に見える”。
偶然通りかかったように。
たまたま間に入ったように。
その形が、一番都合がいい。
軽く息を吐き、表情を緩める。
思考を切り替える。
支配ではなく、演技へ。
軽薄に。
雑に。
何も考えていないように。
次の瞬間、ライダーの軌道に横から割り込む。
衝撃を真正面から受け止めるのではなく、力を流すように叩き潰し、アヒルごと横へ弾き飛ばす。
爆音。
金属とコンクリートがぶつかり合う音。
「な、何が……」
片腕の男が狼狽える視界の先で、オレは立つ。
そして、振り返る。
至近距離で男を見て、オレは親しみやすい笑顔をふるまく。
「あぶねーとこだったな!」
胸の奥で、衝動が膨らむ。
触れたい。
確かめたい。
壊せるのか、試したい。
だが同時に、冷静な思考がそれを抑える。
(使える)
こいつは。
この世界を抜けるための、"最適解"だ。
それならやることはシンプルだ。
まずは関係を作る。
そのためにオレは笑う。
何も知らないふりをしながら。
「オイオイ、助けてやったんだぜ?」
距離を詰める。
自然に。
違和感なく。
“クラッシャー”として。
この役に入りながら。
オレは、確信していた。
――こいつが、イレギュラーだと。




