−3話
−3話
迷いなく、踏み込む。
一直線に、目の前の銀の男――ターミネーターへと距離を詰める。ついでに、胸元から取り出した"ナイフ"を放る。
『と、止まれ!!』
ターミネーターの横で、銃をこちらに向け引き金を引く男。エネルギーがチャージされていく。
オレが放ったナイフが、弧を描きながらその男の喉元を裂いた。
『ゴップッ…ポプォ』
口から血を吐き出しながら倒れる。男の両手は力無く垂れ下がり、持っていた銃が地面に向く。
『……まずい!』
閃光が、地面を撃ち抜いた。零距離で暴発した閃光が衝撃を走らせた。
「ビンゴ!」
そのまま、オレは拳を最短距離で振り抜き、ターミネーターの顔面、喉、肋と急所だけを正確に撃ち抜く。
ーーだが
骨を砕く手応えも、肉を抉る感触も無い。ターミネーターの身体は一切揺れず、ただそこに立ったまま、無傷でストライカーを見下ろしていた。
「……あ?」
鋼鉄を殴ったような痛みが走るより先に、ターミネーターの拳が叩き込まれる。
下からすくい上げるように振られた鈍い色の拳が、オレの腹を突き上げる。肋が軋み、体が浮く。
「オエッ………!」
血の混じる吐瀉物が口から溢れ、視界がぶれる。遅れて衝撃が身体を貫き、ストライカーは壁へと叩きつけられた。
肺の空気が強制的に吐き出され、呼吸が一瞬止まる。痛みが走る。今までとは違う、はっきりとした“ダメージ”だった。
追撃は即座に来る。ターミネーターの短い命令と同時に、周囲の銃口が一斉に光を帯びた。
甲高い収束音が重なり、次の瞬間、四方から閃光が撃ち込まれる。ストライカーは腹を抑える暇もなく地面を蹴り、壁を踏み、上へ跳ぶ。
だが完全には避けきれない。
脇腹を光が貫き、焼けるような痛みが走る。肉の焦げる臭いが鼻を刺し、身体が一瞬だけ硬直する。
「……はは」
口の端が上がる。激しい痛みが体を泳ぐ。避けきれない攻撃がある。なのに、嫌じゃない。
「いいねえ……」
ビームを避ける動作と同時に前転し、そのまま再び突っ込む。
ターミネーターへ。距離を詰め、再び拳を叩き込む。今度は力任せではない。角度を変え、関節を狙い、わずかな隙間に差し込むように打つ。だが結果は同じだった。
衝撃はあるのに、ダメージが通らない。まるで殴っているのが“鉄塊”そのもののような感触に変わる。
『無駄だ』
短く告げられ、今度は眼の前に拳が見えた。咄嗟に両腕を上げてガードをする。そして衝撃を殺すためにタイミングよく飛ぶ。
次の瞬間、オレの体は地面を滑り、路地の壁にぶつかってようやく止まった。呼吸が乱れる。視界が揺れる。それでも、意識ははっきりしている。
さらにそこへ銃撃が重なる。今度はタイミングがずらされている。単純な一斉射撃ではなく、逃げ道を塞ぐように段階的に撃たれる。
前に出れば横から、横に逃げれば後ろから。逃げ道が、順番に潰されていく。
ストライカーはそれを理解しながらも、止まらない。止まれない。
壁を蹴り、看板を足場にし、わずかな隙間を縫って走る。
だが、回避の精度は明らかに落ちていた。肩を掠め、背中を焼かれ、脚にも一本食らう。動きが鈍る。
それでも、前に出る。
「全部……見えてんだよ……っ!!」
叫びながら踏み込むが、その動きすら読まれている。ターミネーターはその場から動かず、ただ最短でカウンターを合わせてくる。ストライカーの拳が届く前に、先に打たれる。避けても、次が来る。
近づけば殴られ、離れれば撃たれる。完全に間合いを支配されていた。
気づけば、逃げ道は塞がれている。背後は壁。左右には銃口。上からも視線と射線が重なっている。じわじわと押し込まれ、いつの間にか袋小路の更に奥。角へと追い詰められていた。
ストライカーはそこでようやく足を止める。呼吸が荒い。身体のあちこちが焼け、鈍い痛みが残っている。それでも、口元は緩んだままだった。
「……はは」
『終わりだ』
肩を揺らしながら笑う。
「第一ラウンドでもな、同じことがあったよ」
「1位のオレを、完全に殺すためによ。他全員が束になってな……」
目の前には、無傷のターミネーター。周囲には、銃を構え直した連中。完全に包囲されている。
普通なら、終わりだ。
だが。
「やっとだ」
ストライカーは、喉を開く。遠吠えのように叫んだ。
「皆殺しだ!!殺し尽くして生き残るんだッッ!!!!」
◆
オレが叫ぶと同時に、ターミネーターは一切の溜めなく、踏み込んだ。視界に“拳”が映った時にはもう遅い。鈍い銀色の鉄塊が顔面にめり込み、鼻骨が砕け、頬骨が潰れ、眼球が圧し潰される。ぐしゃり、と湿った音が響き、顔から黒い液体が弾けるように飛び散った。
衝撃は頭蓋の奥まで貫通し、意識が一瞬で白く焼き切れる。遅れて身体が持ち上がり、無理やり叩き落とされる。
『撃て』
地面に叩きつけられた瞬間、周囲の銃口が同時に光を帯びた。甲高い収束音。次の瞬間、閃光が降る。
回避も、防御も、もう間に合わない。それどころか、体に一切の力が入らない。
注がれる光の雨が全身を貫き、肉を削り、骨を抉り、形そのものを削り取っていく。焼けるというより、もはや“潰されていく”感覚。削ぎ落とされた部分から、黒い粘液のようなものが溢れ出し、飛び散り、地面に広がっていく。
『な、なんだぁコイツ……!?』
銃を撃ちながら、一人の男が呟いた。気味の悪いものでも見るように。
『構わん。撃ち続けろ!』
閃光は止まらない。豪雨となって落ちてくる。
腕が崩れ、脚が形を失い、胴が抉られ、もはや人の輪郭すら保てない。ただ、黒い沼のような残骸がそこに残る。
(……オレは……)
視界は無い。身体の感覚も曖昧だ。ただ“消えていく”ことだけが分かる。
(ここで、死ぬのか……)
意識が沈む。深く、重く。
(まだ……殺し足りない……)
そこで、何かが引っかかる。
(……あ?)
何かを、忘れている気がする。
そのときだった。
「アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
甲高い、誰が聞いても不快な笑い声が、上から降ってきた。
ターミネーターが眉をひそめ、反射的に頭上を見上げる。そこにいたのは、宙に浮かぶ異物だった。
赤、紫、緑……色が破綻した道化師の衣装。関節の動きがどこかズレていて、重力を無視するように空中で揺れている。仮面の奥の目だけが、妙に冷たい。
『増援か!?』
一瞬のざわめき。
『撃て!!』
短く命令が飛ぶ。屋上から、一発の銃声。
ガンナーの弾丸が、正確に眉間を撃ち抜く――はずだった。
だが、道化は笑ったまま、身体を“滑らせた”。避けるというよりも、軌道から僅かに外れるように、するりと弾丸がすり抜けていく。
次の瞬間、道化師の手元で何かが回る。ジャグリングのように投げられた“それ”が、軌跡を描きながら屋上へ飛び、ガンナーの顎先をかすめる。
軽い接触。それだけで、ガンナーの身体が崩れ落ちる。
『……なッ!?』
脳が揺らされ、ガンナーは地面に倒れ込む。
道化はそのまま、ひらりと宙を降りる。足場は無いはずなのに、何かに乗るように、ふわりと位置を移動する。
まるで、踊るようにクルクルと空中を歩き回る。
『ワイヤーだ!』
よく見ると、頭上には細い線――ワイヤーのようなものが幾重にも張り巡らされており、そいつはその上を歩いていた。
そのまま、黒く広がる“残骸の沼”のすぐ上に立つ。
「アンタともあろうもんが、もう死ぬンか〜?」
楽しそうに、覗き込む。
「あ……ぁあ……?」
返事とも呼べない声が、かすかに漏れる。意識はもうほとんど沈んでいる。思考も、形を保てない。
(誰だよ……)
(また、うるせえ奴が来たな……)
背後では、ターミネーターたちが動く。銃口が再び向けられ、光が収束し始める。だが、道化は一切気にしない。ただ、話し続ける。
「一流の役者ってネ〜」
ワイヤーの上で、くるりと回る。
「役になりきるんですヨ」
道化師めがけて、閃光が撃たれる。だが、当たらない。ワイヤーを揺らし、空中で二転、三転。閃光がワイヤーに触れ、軌道がズレる。何もかもが“当たらない”。
「なりきり過ぎて……」
くるくると回りながら、黒い残骸へと視線を落とす。
「自分が誰か、分からなくなってしまっタリ?」
(役者……?)
その言葉が、かすかに引っかかる。
「そもそもアンタはサ〜」
道化師は地面に降り立つ。しゃがみ込み、ストライカーの顔が“あった場所”に指を近づける。
「ここに来る前から、ずっと演じてたじゃナイ?」
(何を……)
(何を言ってるんだ……)
ノイズのように思考が乱れる。
そのとき。
『ヤマト帝国 第16代皇帝』
空気が止まる。
『ヤマト・ビルフェッリ』
名前が、脳裏に浮かぶ。
その瞬間だった。
全身に、電流のような衝撃が走る。
黒く崩れたはずの“身体”に、強制的に感覚が流れ込む。視界が開く。痛みが爆発する。頭の奥が引き裂かれる。
――思い出す。
焼けた城。
血に濡れた玉座。
膝をつく兵。
自分を見上げる、無数の目。
そして。
“名前”
オレは――
激痛が、すべてを貫いた。




