第五十六話 彼女の横暴はエスカレート?
「それで何処に行きたいんですか?」
「いいから黙って付いてきなさい。あと、勝手に私の腕を組むんじゃねえよ」
「いいじゃないですか、付き合っているんだし」
「クソムシって、二言目には付き合っているからーとか抜かすけど、あんたみたいなキモイ男を連れていると思われたら、私のブランド力が傷つくでしょうが」
腕を組もうとすると、また酷い事を言われて振り払われたが、そこまでして俺と別れないのも謎過ぎる。
でも、それだけ俺の事が好きって事なんじゃないか?
きっとそうに違いないね。もう俺と結婚する気でいるんだろうよ。
「また気持ち悪い事を考えてやがるな、このクソムシ」
「え? あー、はは。二人の将来の事を考えていたんですよ。葉月さんはいずれ、俺の嫁になるんですから」
「あんた、本当によく言えるわよね、そんなクソみたいなセリフ。だからクソムシ以下なのよ」
「そりゃ、本気ですから。葉月さんはクソムシの嫁になるんですよ。だから、あんまり俺を下げると、自分のブランド価値も下がりますよ」
俺がクソムシなら、そのクソムシと結婚した葉月さんだって趣味が悪い女だと思われるだろうよ。
ふふ、俺を下げることは葉月さん自身を下げることに繋がることをいい加減、理解するべきじゃないのかな。
「本当、ムカつくってか気持ち悪い。前からずっと思っていたけど、クソムシは私の事、珍獣かマスコットキャラみたいに見ているだろ。人の事を『俺の嫁』だの、気持ち悪い言い方しやがって」
「そんなことないですって。珍しい人だとは思いますけど」
「そっちが私の事をそういう目で見ているなら、私だって、相応の目で見てやるわよ。あんたはクソムシ以外の何物でもないわ。キモイから、軽々しく肌に触れるな」
「はいはい」
すっかりご立腹のようだが、そんな事を言いながら、付き合っているんだから、やっぱり面白い人じゃないか。
というか、俺の事、相当好きなんだろうな。確かに『俺の嫁』とか気持ち悪い言い方だけど、それでもこうしてデートまでしてくれるんだから、好きじゃなきゃやらんだろう。
「葉月さんって、何だかなんだで面倒見が良いじゃないですか。俺に弁当を作ってくれたりしているんですし、料理も上手でしょう。良いお嫁さんになれます、間違いなく。いててっ!」
「褒めているつもりかもしれないけど、てめえにそんな事を言われても、全然嬉しくないから。ったく、このクソが……ただでさえ暑いのに、不快指数が上がる一方じゃない」
いきなり足を踏んできたが、暑い中でも付き合ってくれるなら、葉月さんは俺を見捨てている訳ではないんだ。
そうに決まっているよな。
「着いたわよ」
「ん? ここは……大学ですか?」
葉月さんに案内された先は、結構有名な大学のキャンパスだった。
「なぜ、こんな所に?」
「いいから、付いてきなさい」
「勝手に入って大丈夫なんですか?」
「大学ってのは基本、誰でも入れるのよ。私の大学は女子大だから、男が勝手に入ると目立って、警備員に声を掛けられるけどね」
へえ、大学って誰でも入れるのか。てか、俺も来年は受験なので、そろそろ考えないと……というか、葉月さんはこの大学に俺に入って欲しいのか?
なるほど、ブランド力を気にする葉月さんらしいな。
「どれどれ……あ、いた」
「ん? あれは……」
大学の中を葉月さんは歩き回り、キャンパスの建物の中から出てきた行列を見て、指差す。
「あら、やっぱりいやがったわね。全くあのクソムシもしょうがない野郎だわ」
見覚えがある男子を見かけると、葉月さんは小走りで駆け出していった。
あれは……もしかして、英樹?
何やら女子と話しているようだったが、なぜ奴がこんな所に……。
「ねえ、よかったら連絡先教えてよ」
「え、えっと……いきなり言われても……」
「いいじゃん、ここ受けるんでしょう。俺も家、近いから……」
「おい、このクソムシっ!」
「あ? いでえっ!」
葉月さんが女子に話しかけている英樹に後ろから蹴りを食らわすと、
「な、何しやがるんだっ!? って、何で姉貴がここに……」
「あんたこそ、オープンキャンパスでナンパなんかしてんじぇねえよ。ごめんさいねー、ウチのクソムシが迷惑をかけてー。あ、もう行っていいわよ」
「はあ……」
葉月さんがそう言うと、英樹にナンパされていた女子高生はそそくさとこの場から立ち去っていった。
なるほど、オープンキャンパス中だったのね。真面目そうな子を狙っているとか言っていたけど、本当にそれっぽいかわいい子に片っ端から声をかけているとは。
「じゃ、邪魔するんじゃねえ! 別にナンパしていた訳じゃ……大体、お前がここにいるんだよ!?」
「私が何処にいようが勝手じゃない。全くあんたと言い、こいつと言い、周りにクソムシばかりで困るわ」
「うるせえ、誰がクソムシだよ! おい、お前っ! さっさと姉貴を連れ出せよ! こっちはまだオープンキャンパスの途中なんだ!」
「え? ああ……は、葉月さん、行きましょう。デートの途中ですし」
「こら、クソムシ! ああ、もう」
俺の姿に気づいた英樹が早く葉月さんを連れ出せと言ってきたので、俺も葉月さんの手を引いて、大学を急いで後にする。
まさかこんな事になるとはな……まあ、あんまり英樹と喧嘩されても困るし、ここは早く退散しよう。
「全く、オープンキャンパスで女子をナンパとか本当ゲスな事やりやがるわよね。まさにクソオブザクソ。クソムシそのものだわ」
「あのー、ひで……弟さんの事、心配で来たんですか?」
「ぷっ……あんた、マジで言っているの?」
大学を後にしてすぐ、葉月さんにそう訊くと、葉月さんは小ばかにしたような顔で吹き出し、
「クソムシの心配なんぞする訳ねえじゃん。オープンキャンパスで女を引っかけようなんて、あいつのクソな目論見を邪魔したかっただけよ」
「は、はあ。てか、弟さんの事もクソムシって……」
俺と同じようにクソムシと呼んでいるっぽいので、どっちの事を言っているのか混乱してしまう。
「あんたら、等しくクソムシだからね。そう呼んであげているのよ感謝しなさい」
「でもそれだとどっちの事を言っているのかわからないのでは」
「クソムシって、クソにたかっているハエ、一匹一匹、区別がつくわけ? どっちも同じだから、そう呼んでいるのよ。全く、しょうもない男ばかりでうんざりするわね」
「はは……な、なるほど」
暴論も良い所だが、俺はともかく、英樹はこんな扱いをされて、我慢するような奴じゃなさそうなので、ちょっと心配になってしまう。
葉月さんも怖い物知らずなお方だな……こういう性格だと敵も多いんじゃないかと心配になる。
「あー、喉が渇いたわ。ほら、クソムシ。冷たい飲み物買ってきな」
「は、はい。何が良いでしょうか?」
「とにかくさっぱりしたものよ。ほら、さっさと行きな。私のパシリが出来るだけでも、感謝する事ね。もちろん、あんたの奢りだからね」
「わかりました! 行ってまいります!」
葉月さんに背中を蹴られてそう命令されたので、近くのコンビニに行って、冷たいお茶を買いに行く。
人使いが荒いお方だが、これも愛情表現なのかね。




